憧憬/降谷零


ダイヤモンドリリーを添えて@


例の組織が解体し、残党狩りも落ち着きをみせた今日この頃。嬉しくも寂しい独り立ちをすることになった風見さんとわたしは、司令がある時以外は基本的に零さんと別な仕事をしている。時折現れる組織の名残の処理をする時は捜査協力という体で召集をかけられるわけだ。頻度も少なくなり、久しぶりに訪れた緊急招集の先に待ち構えているのがこんな結果だなんて想定もしていなかった。……いや、昔は思ってたのかもな。今のわたしが腑抜けてしまっただけだったのかもしれない。

無機質なベッドと薬品の匂い。時が止まったように感じてしまうほどの静寂のせいで、踏み出した靴のつま先が大げさな音を響かせた。

「峠は越えたそうだ。後は降谷さん本人にかけるのみ……」
「そう、ですか」

潜入捜査をしていたあの人にとって危険はすぐ傍にあって、いつ何時にこうなってもおかしくはなかったよ。真っ白なベッドに横たわる零さんを前に言い訳染みた言葉がつらつらと溢れてくる。今回は銃で足を負傷したところを爆発に巻き込まれた。前は銃撃されたり爆風で怪我したりよくあったよね。今となっては、よくあってたまるかって感じだけど。規則的に繰り返されている呼吸だけが彼の無事を知らせてくれている。無事ではあるけど、今後何が起きるかはわからない。

「このまま風見さんがついてあげてください」
「何を言っている。付き添いは吉川が、」
「それこそ何を言ってるんですか〜。確かに傍にいたいですよ。だけど、結果的に犯人の確保をしたのはわたしですよ」

そのわたしが仕事をしないでどうする。目を覚ました零さんはきっと、犯人はどうした?!ってすごい剣幕で声を上げるだろう。その時に、貴方が心配だから犯人なんて放っておきました、なんて恥ずかしいことを言うつもりはない。

「起きたら絶対大人しくしてくれないんですから、ストッパー役頼みましたよ風見さん!」

何が何でも入院させといてくださいね、と念を押しておく。真新しい包帯に包まれて静かに眠っている様子はどう考えても重症患者。生きていて良かったと安心するにはまだ心配が上回ってしまう。何が何でも治してもらわねば。病室から一歩出たところで目の前がじわりと歪んで見えた。……泣いてる暇なんかないぞ!気合を入れようと、両頬を手で軽く叩いた。零さんがばっちり元気になって復帰するくらいまでにすべて終わらせてやる!

*

零さんが銃で撃たれ、爆撃に巻き込まれてから2日。犯人自身も爆発から逃げきれず病院に運ばれているが彼ほど状態は酷くはない。予定通りに取り調べが行われた。……んだけども。

「情報が、情報が少なすぎる……」

組織の残党であることには違いない。ただ、末端も末端で零さん側がこの犯人を認識していなかったレベルなんじゃないの。意識が戻ってないからどうも言えないけどさ。データベースに保存してある組織の関連人物に該当者はいない。ただ、今回の犯人と同郷の人物がいる。……しかもFBI管轄じゃん。あっちで逮捕して塀の向こうにいるときた。これは絶対に零さんが嫌がるやつ。まあ、眠っているから嫌がりようもないのだけど。

「……」

情報の少ない書類を目を凝らすように何度も眺めたって進展なんかあるわけなかった。深いため息が出たのは深夜0時。ここ最近はわりと帰れてたから、遅くなるの久しぶりだなあ……なんて思いながらデスク上にある置時計を見つめた。ピンクと白の可愛らしいブリザーブドフラワーが閉じ込められたガラスの中央で静かに時計の針が動いてる。零さんが先月くらいに突然プレゼントしてくれたもの。家のリビングと、わたしのデスクに置いてあるそれはちょっぴり皮肉めいた零さんからの言葉が込められてたりする。

『すこしジョークも兼ねてたりするけど』
『ピンクと白の花……?』
『うん。ネリネとも呼ばれる花だね』
『あぁ、ダイヤモンドリリーだ!ってことは、"箱入り娘"?』
『それはそこまで重視してないかな』
『であれば……"また合う日を楽しみにしています"……つまり、』
『時計を見て、俺を思い出して帰ろうと思う気が少しでも生まれたらいいなあと思ってね?』
『ごめんなさいごめんなさい〜〜!忘れてるわけじゃなくて、集中してるだけで!』
『わかってるよ。ただ、前みたく口うるさく帰れって言う奴らが左右にいないだろ?』

昇進した零さんは別の執務室に移動してしまったし、風見さんもフロアは同じでも別の所に配置されたせいで前ほど頻繁に話したりしてない。……だから色々と疎かにしているわけでもないんだけど。昇進前は零さんが迎えに来てくれて無理やりわたしを引きずり帰っていたこともある。でもそれがだんだんと互いに忙しさのピークが違うことも相まってスマホで連絡となり、そのうちそれも忘れ、あれ?日付変わってない……?みたいなことを何度も繰り返していた。よくない。よくないよ!わかってるんだよ!だけど、今わたしが指揮してる案件はもうすぐ山場を越えるから、そうしたらもっと零さんに合わせて……

『だから、時計を見たら思い出してくれ』

真剣な表情で訴えてくる零さん。

『ひとつ、絶対に無理はしない』

指を立てながら、言葉を並べていく零さん。

『ふたつ、全部を抱え込まない』

これは冗談じゃないんだぞ、って青い目がギラリと輝く。

『みっつ、何もなくても俺を頼れ』

パタパタと、書類に水滴が落ちていく音が手元から聞こえた。気合い入れるぞって思ったのにな。たった2日でこれだもん。ていうか寝すぎですよ、零さん。いや、いつも忙しいからゆっくり休んでほしい。でも一回くらいは目を開けてよ。

コツコツと足音がする。聞き慣れたそれが誰のものかはよくわかっていた。声をかけようか迷っているのか、足音が止まってから無言だった。振り向かずに、「お疲れ様です、風見さん」と声をかけると数歩近づいてから再び足が止まった。

「……まだやってるのか」
「もうすこししたら休みますよ。FBIに情報提供のお願いをした方が良いかもしれないので朝イチに上にかけあいます」
「ああ。それと、」
「零さんの着替えですよね。それの後にわたしが直接持って行くのでいいですよ。むしろお手数おかけしてすみません」
「いや、いいんだ。着替えを届けに行くときなんだがナースステーションに寄ってから向かってくれ。入院書類で親族記入欄に不備があったらしい」
「……わかりました。重ね重ねすみません」

親族記入欄に不備なんて嘘だ。そりゃ、零さんとわたしは夫婦だけれど。公安の人間が入院する際にいちいち親族の了承を得られるわけがないのだからいつでもその辺は誤魔化している。わたしが零さんのお見舞いに行けるように風見さんは気を回してくれたのかな。

「とにかく、無理だけはするんじゃないぞ」
「風見さんもですからね」




ダイヤモンドリリーを添えて@

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