憧憬/降谷零


心の中では取っ組み合いA


ベルモットが降谷さん以外の事情聴取にノーを突き付けてきた。それは降谷さんに信頼を置いているからというわけではない。単純に降谷さん以外を舐め腐っているだけだった。別な人間を派遣しても最初の頃は言葉少なではあったがちゃんと応えていた。それが今では「さあね」「知らない」「わからない」と顔を背けるようになった。そして極めつけは「あの女になら話してやってもいいわ。向こうの態度次第だけど」と指名してきたのが後輩の吉川紗希乃だった。

「似てるか似てないかで言ったら、前よりは明らかに似てきたよなあ」

笑顔で睨み合っているベルモットと吉川をミラー越しに眺めている他班の先輩がそんなことを呟いた。組織の解体はここ何十年間の中でもとりわけ規模のおおきな大捕物だったおかげもあって、逮捕後から他班も導入しての捜査が行われていた。こうして隣室から様子を伺っているのは、ベルモットの取り調べに連続で失敗している班を取り仕切っている人だ。まあ、吉川を可愛がっている先輩の一人だから心配には及ばないが。

「そう言えば、笑顔でやり通さねばならない場面では降谷さんの真似をしていると聞いたことがありますね」
「へえ。人は合わせ鏡とも言うしな。降谷のことを真似してたのかもしれんが、降谷も吉川の影響受けてたりしてな」
「そう……でしょうか?」
「敵とみなした相手への睨み付け方そっくりじゃないか?」
「……言われてみればそうかもしれませんね」

何だかよく見る上司の姿がぶれて見えるくらいには似ているように見えてきた。それを言ったら、睨みつける先がベルモットじゃなくこちらに向かってしまうんだろうか。気の強そうな猫同士が睨み合っている姿をただ見ているのが落ち着かなくて、そわそわしてきた。いや別に、怖いとかそういうわけではない。

『ねえ、イイコト教えてあげる』

さっきまで睨みつけるだけだったベルモットが愉しげな声を弾ませた。取り調べ室の声は録音も兼ねてこちらの部屋へスピーカーを介して流れている。それを知ってか知らずか、ベルモットはアクリル板にできる限り顔を近づけて小さな声で何かを呟いた。すぐに警備の人間にアクリル板から引き離されるも、それはもう楽しそうに高笑いしている。そして、その笑い声をかき消すような低い声が部屋中に響き渡った。

『……はぁ〜〜〜?!』

書類は宙を舞い、パイプ椅子は派手に床に転がっている。立ち上がった吉川が何やら叫んでいた。

「お前んとこの嬢ちゃんブチ切れてるけどいいわけ?」
「いいわけありますか!!」

取調室に駆け付けようとしたところで先輩に思いっきり肩を引き下げられた。「あれあれ」と指差している先には、ミラー越しにこちらへ手のひらを掲げて待ったをかけている吉川が何やらブツブツ呟きながら立っていた。大丈夫か?

『私は全部知ってるわよ』
『ちょっと黙って』
『可哀そう。アナタ知らないわよね、だってただの部下だものね?』
『黙れって言ったの聞こえてないの?』

立ったまま目を瞑り、こめかみをぐりぐり押しながら何かを考えている吉川と、玩具を見つけたように楽しんでいるベルモット。

「あの女が何を言ったか聞こえましたか?」
「いやもう全く。むしろ音したか?」

突入しようにも本人が止めている。待ったをかけながらひたすらなにか呟いているが、その呟きもざわざわと音を拾うのみで詳細が聞き取れない。どうする?と先輩と顔を見合わせていたところだった。ガチャリと開いた扉から顔を覗かせたのは降谷さんだった。

「ベルモットが吐く気になったと聞いたが?」
「降谷、どういう状況に見える?」
「……あの女の性質が悪いということは再確認できそうだ」
「吉川がストップをかけてまして……おそらく続行はできそうなのですが、」
「一体何を続行する気なのかってところが気になるねぇ」
「アイツ、ベルモットに相当嫌われてるからな……」
「あぁ、確保したのって吉川だったっけ」
「いや、それ以前に煽りまくっていた」
「それってベルモットに情報を売ったとかいう話ですか?」
「ああ。キレたベルモットに呼び出されたのを覚えている」

ミラーに近づいて、ブツブツ何か考え事をしている部下兼彼女を観察している降谷さんは真横から見てみたり、表情が見えそうな位置に移動してみたり。ベルモットが怒っているならともかく、吉川がキレている理由が不明なためそれを探しているようだった。

『山階貿易取締役の三女』

……ん?

『作倉運送の会長の孫娘。それから、中国の富豪の、』
『ちょっと待って、アナタどこまで知ってるの?』
『黙れって何回言わせるんです?今思い出してるの。氏名も言えって言うんだったら留置所の部屋ランク下げるように上に掛け合いますからね!!』
『ちょっとからかっただけじゃない!』
『イギリスの船舶会社の――』
『もういいわよ!』

「一体何の話だ?三女に孫娘に……お前ら何か知って……おい、おい降谷、どうした?風見も何でそんな顔青くして、」
「いっ、いえ!その!」
「―――だ」
「は?」
「だから、」


「俺がバーボン時代にトラップを仕掛けた相手だ」




心の中では取っ組み合いA

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