憧憬/降谷零


心の中では取っ組み合いB


『アナタ……バーボンが組織で寝た女たちのことは知ってる?』

不敵な笑みに、こちらをからかって遊んでやろうという魂胆が見え見えだった。冷静に取り調べをする心構えなんて吹っ飛んで、思わず声を上げればそりゃあもう高笑いされる始末。知ってるか?知ってるわそんなもん!だって全部"仕事"で潜入した先で、"仕事"でそういう状況を作って情報を奪ったりしていたんだもの。報告はきちんとこちらへ上がってくるし、何なら今も大事に保管されてる。わかってないねベルモット?と思いつつも、高笑いをやめない愉快犯に頭が痛い!!

「私は全部知ってるわよ」
「ちょっと黙って」
「可哀そう。アナタ知らないわよね、だってただの部下だものね?」
「黙れって言ったの聞こえてないの?」

その耳どうにかしてやろうか?もうこうなったらやけだ!覚えてる限り全部掘り起こして言ってやる。それくらいで私を揺すれると思うならやってみなよ。

*

「もういいって、先に吹っ掛けて来た方が音を上げるなんて随分つまらないことしますねぇ?」
「つまらないって顔じゃないわよ、それ!」

思い出した端からひとつひとつ指折り数えながらターゲットになった相手を挙げていけば、ベルモットの顔がみるみる引きつっていく。そっちが始めたんだから最後まで聞きなさいよ〜〜〜!

「情報を持っているターゲットに近い人物に近づくにはよくある手法でしょう?実際、貴方たちの組織では多用していたようですし??」
「……あの男、誰と寝たか逐一報告してたワケ?」
「厳密に言うと寝た"フリ"ですけど!」
「やっぱり気にしてるんじゃない」
「いいえ?仕事ですから」
「仕事仕事って頭のおかしいワーカホリックね」
「バーボンが誰にトラップ仕掛けたかどうかは全てこちらで把握してますので、それをネタにしても何も出てきませんよ。そんなことより、貴女が引っかけた取引相手を一人でも多く吐いてくれませんかねぇ」

気にしてるか?仕事だし、しょうがない。ていうかちゃんとどんなだったかの記録が残ってるし。……まあ、見て楽しいものでは断じてない。むしろ不快ですらある。そりゃそうだわ、恋人が振りとはいえいちゃこらしていた事実を淡々と記されている文章をどんな気分で読めって言うの。記録は全部読んで、必要最低限の情報以外は奥深〜〜〜くにしまっておくことにした。氏名とか見た目とかね。肩書は覚えておいて損はない。実際に組織関連の取り締まりで記録を引っ張り出す機会があったし。

このまま続けても埒が明かない。結局からかうばかりで有益なことは吐きやしない。腕時計を見てみればもうすぐ17時20分。降谷さんの会議が終わる見込みは、延長込みで18時……粘る必要ないな。

「今日はもう結構で、」
「バーボン」
「はい?」
「だから、バーボンよ」
「なにを馬鹿なことを、」

バァン!!とそれはもう大きな音を立てて開かれた扉の傍に立っているのは、話題のバーボンこと青筋立てまくっている上司兼恋人だった。

「かっ、会議は?!」
「定時に終わった」
「いつから見てたんです?!」
「風見に待ったをかけてるところあたりから」
「なんで見られたくないとこから見てるんですか〜〜!」
「悪いな。とりあえず、一旦下がっていいぞ。取り調べは俺が続きをやる」
「……」
「言っとくけど、この女とは寝てないぞ」
「他の女とは寝たかもしれないけれどね?」
「情報収集の詰めがいかに甘かったかをイチから説明して差し上げましょうか、ベルモット?」

さあ、愉快犯は徹底的に叩きのめさないとね、なんて般若を背負った降谷さんにぐいぐい押されて取調室から追い出された。




心の中では取っ組み合いB

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