憧憬/降谷零


心の中では取っ組み合い@


「吉川、指名が入ったぞ」
「いつからここはホストクラブになったんです?」

キャバクラじゃなくホストが先に出るあたりお前らしいな……なんて意味わからん呟きをしながら書類の束を手渡してくる風見さん。パーティーに潜入することはあっても、そういうお店に潜入することは全然ないのでピンと来なかっただけだけど。手渡された書類に目を通す。昨日の定例報告会で見た資料と相違ない、ということは進展はゼロだったというわけで。

「へえ……それで?あの女は一体何をごねているんでしょうかね」

今日の残りの予定は、いま会議に出ている降谷さんと打ち合わせ。内容は月末から渡米するにあたっての向こうに共有する情報の精査……まあ、渡米するのは風見さんなので、風見さんに開示できる情報の中でも向こうに共有可能なものがあるかどうかの確認程度だけど。コナンくんや哀ちゃんの身体に関することは風見さんは知らない上に、向こうの出方次第で情報を絞るつもり。つまりは軽い話し合いってわけだ。……会議終了予定は17時ちょうど。ただ、参加してるメンバー的に定時じゃ終わらなそうだなあ。18時まわるかな??

「降谷さんの手を少しでも煩わせないように頼んだぞ」
「吉川了解しました!」

デスクの足元からダンボールを引っ張り出す。上に乗ったブランケットやら仮眠グッズを避けて、その中に入れといた箱を取り出した。

「何だそれは」
「ちょーっと高めのハイヒールです」
「……そういえば、取り調べの時はよく踵の高い靴を履いてるな」
「雰囲気づくりって大事じゃないですか〜」
「雰囲気作り?」
「そうです。"これからわたしが事情聴取しますよ"っていうある意味宣言的な?」

にっこり笑ってみせたけど、心なしか引かれている気がする……いや別に風見さんを煽りたいわけじゃないんですって!壁の向こう側の人間に対して……え?なに?怖い?ちょっと!そっちで怖いって呟いたの誰ですか!!こういうのも手法の一つでしょうが!

カツカツとわざと音を鳴らしながら廊下を歩く。"中"から足音が聞こえることは私がよく知ってる。こういうのは雰囲気作りが大事だからね。何たってあの女とやりとりするのは骨が折れるんだもん。目的の取調室の扉前に立っている警備員に目配せすると、素早く会釈をした後に扉を開けて案内してくれた。風見さんは、取調室の中からは見えない、いわゆるマジックミラーのようなものを介した隣室で待機している。

「……ようやくおでましね」
「ごきげんよう、ベルモット。気分はいかが?」

アクリル板の向こうで、手錠をかけられたベルモットが化粧っ気のない唇を釣り上げた。

*

「気分が良さそうに見えるなら、その目玉すぐに潰した方がいいわね」
「アドバイスどうも。まあ、助言は求めてないのでただのお節介でしかありませんけどね」

パイプ椅子に座る前にチクチクお互い言葉を刺し合う。うーん。さっき、怖いって呟いた先輩方はこの状況を見たらもっとドン引きしそうだなあ。これを風見さんが見てると思うと、もう少し大人しくせねば。いやでも、この女ほんと……。風見さんから受け取っていた資料をわざとらしくバサバサ動かしてみる。ベルモットの眉間に皺が寄った。

「わりと順調に吐いてくれてそこそこ助かってたんですけどね。ここに来て急に停滞。どうしました?話せば刑が重くなるとでも思いました?」
「……別に、聞かれたことに答えていただけ。聞かれなかったことには答えていない」
「うーん。コレを読む限り"あの人"の時はわりと話してますね」

質問にだけ答えていたと言えばまあ確かに。誘導尋問はこの女は乗ってこないし、質問の仕方が微妙なら答えもそれなりか……。

「"それ"よ!」
「はい??」

ガシャガシャと手錠を鳴らすベルモットが前のめりになる。それ、とは?あまりにも乗り出すから、彼女の後ろで待機していた警備員がベルモットの肩を掴んで無理やり椅子に座り直させた。

「あの男の名前を教えなさい!」
「……はあ」
「バーボンの名前よ!」
「あぁ、そういうことですか」

そういえば本人に直接言ってやりたいことがあるとか何とか言ってたっけ。複数回に渡る事情聴取も半分は降谷さんが執り行っているし、聞くタイミングは十分にあった。けれども彼女が未だに知らないということは降谷さんは教える気はないってわけだ。だったらわざわざ教えてやるまでもない。

「いやです」
「……」
「何ですかその顔は」
「アナタたちがつまらないところばっかり似てるものだから、呆れて言葉も出なかったのよ」
「似てる?わたしと誰が?」
「アナタとバーボン……安室透よ」
「安室透はもういませんけどね」
「ホラ、そっくりそのまま同じこと言ってるわ。そのペラペラの紙に記録してないの?あのムカツク男の言動をね」
「貴女こそ目玉を取り換えた方がいいかもしれないですねぇ……!」

私が降谷さんに似ているなんて烏滸がましいにもほどがある!




心の中では取っ組み合い@

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