憧憬/降谷零


秘密はうまく羽織ってね


ジンジンと熱をもつ指先は、さっきまで取り押さえていた男の力に負けないよう耐えていた証そのもの。久々に力仕事をやったおかげで、デスクワークで凝り固まった体が悲鳴をあげていた。肩すっごい痛い……。あの後すぐにやってきた警察に男を引き渡して、投げ捨てて合ったスポーツバッグを手渡した。みんなコナンくんの知り合いの警官だったみたい。警察官の知り合いがたくさんいるってあんまり良いことじゃないと思うんだけど、この子いままで何やって来たんだろ。

「警視庁捜査一課警部 目暮十三です。犯人確保のご協力感謝いたします!」
「いえ……これから事情聴取ですよね?」
「ええ。警視庁で執り行う予定ですがご同行願えますかな」
「構いませんが、部下とこの公園で待ち合わせをしていたもので連絡だけしてもよろしいでしょうか」
「はい。連絡が付き次第パトカーで警視庁まで行きましょう」
「よろしくお願いします」

バキバキ言う肩を回しながら、ベンチに置きっぱなしになっていた自分の鞄からスマホを取り出す。電話をかけようとしたその時、スーツのジャケットの裾がピン、と引っ張られた。

「コナンくん?」
「裾に砂がいっぱいついてたから払っておいたよ紗希乃姉ちゃん」
「ありがとね。電話が終わったらすぐに行くから」
「うん!待ってるね」

笑顔で駆けて行くコナンくんを眺めながら、片手でジャケットの裾をそっと探ると固くて丸い小さなものがくっついていた。これは発信機と盗聴器のどっちだろ。これから一緒に警視庁に行くって言ってるんだから発信機は意味ないか。盗聴器ってとこかしら。見て確認したいけど気付いたことが彼にばれても面倒だなあ。黒いスマートフォンの画面をタップして目当ての番号に繋げた。「もしもし、」と向こうから聴こえた声に被せるように話し始める。

「"篠原"ですけど!もうどこまで行ってんの?こっちは大変だったんだからっ」

向こうからの返事はない。その代わりに耳に入ってくるノイズが増えた。スピーカーに切り替えたに違いない。それを確認してから、一方的に会話を続けた。

「何がってちょっとした事件に巻き込まれて……え?いやそういうんじゃないけど。ただ物騒な落とし物見つけて、その場にいた子供たちと物色してたら犯人が出てきちゃって。……ええ。まあ。なんかオモチャみたいだったけど。拳銃は弾が入ってなかったみたいだし、他のも全部オモチャみたいだった。まあ、念のため警察に引き渡したんだけど。男が必死に取り返そうとしてきたから本物なのかも。とりあえず、迎えはここじゃなくて警視庁にしてくれる?え?時間なんてわかんないわよ。今から子供たちと一緒に警視庁いくんだから」

よろしくね。と念を押すように言うと、「了解しました」と三人分の男の声が聞こえた。通話を切って伸びをすると背中からぽきぽきと音が鳴る。鞄を持って目暮警部のところへ向かうと子供たちはすでにパトカーに乗っていて、わたしは後ろの別なパトカーに乗ることになった。高木と名乗る巡査部長の運転するパトカーの助手席に乗り込む。前のパトカーの後部座席から手を振ってくる子供たちに手を振っていると、あの、と隣りから声が掛けられた。

「コナンくんと知り合いなんですか?」
「はい。前にこの公園で会って何度か会いましたね」
「あの公園で?」
「仕事の息抜きでよくあそこを使うんです。日当たり良くておススメですよ」
「へ〜そうなんですかー」

鞄の中で震えるスマホには部下からの連絡がきていた。

『すぐに実行しますか?』

優秀な部下たちはわたしのあの一方的な会話から仕事を読み取ってくれたらしい。最近わたしが取りかかっていた案件は密輸武器を売り捌いている小さな外国人グループの逮捕だった。それの大元はすでに捕獲していて、残るは末端数名のみ。わずかな武器を掻き集めて逃げ出してから3日。数名のうち半分も確保し、それらは米花町のどこかで武器を売ろうとしていたことを告白。雑な製造の密輸武器に、初めての密輸売買ということもあり水面下で確保可能だと判断。そうして私服でそれぞれ街に溶け込み捜索しているところだった。あの公園は一度洗ったばかりで何もないと踏んでいたけれど、わずかな間にやってきたのか……。元から捜査していたのは公安だし、すぐに捜査権を警視庁から移譲できる。スムーズに仕事が進んで良いけど、このタイミングで引き抜くデメリットもある。

「コナンくんって何だかすごいですよねえ」
「え?ああ、確かに…いつも事件現場にいるんですけど見ている所が僕らと全然違うって言うか」
「やっぱり!頭が良いんでしょうねえ……」

警戒しておいて損はないかもしれない。一度崩れたのを繕うのは何だって難しいんだ。

『事情聴取を終えてから申請書を出してください。タイミングはわたしが計ります。』

送信して間もなく、了解しました。と簡潔な返事を見てから再び高木刑事と当り障りのない会話をする。それから、『お願いします』という文を打ち込んで送信せずにスマホの画面を落とした。


*

警視庁で取り調べが終わり、1階のフロアへと降りてきた。

「事情聴取って言っても僕らが提供できた情報は少なかったですね……」
「バッグの中身ちゃんと見てたの姉ちゃんだけだしよー」
「お姉さん、手だけいれてただけなのに銃とか他のものが何入ってるかわかるなんてすごーい!」
「仕事がら時々見ることもあるからね〜」
「そういや姉ちゃん何の仕事してんだ?」
「言ってなかったっけ。よーし、みんなにも名刺をあげよう!今出すからね、……あれ、名刺入れどこ行ったっけ」

名刺入れを探す振りをしながらスマホの電源を入れる。それからあらかじめ用意していたメッセージを送信した。

「ああ、あった。はいみんな、何かあったらよろしくお願いしますね」

みんなに一枚ずつ配っているとスーツのジャケットの裾が何かに引っ張られる。振り向くとコナン君がもじもじしながら立っていた。

「あのさ、紗希乃姉ちゃん……僕、この前貰ったその名刺 ズボンに入れたまま洗濯しちゃってもうないからもう一枚欲しいんだけど……」
「いいよあげる。はいどうぞ」
「わー!ありがとう紗希乃姉ちゃん!次は無くさないようにするね!」

高木刑事が用意した車に子供たちが乗り込み、ゆっくりと警視庁から出て行く。それを見送っていると、一台の車が目の前にやってきた。

「ああ、すみません。本当に来てくれたんですね」

車に乗り込むと、すぐに発進して警視庁から出て行く。そしてその車はすぐ近くにある警察庁へと向かった。ジャケットの裾を探ってみると、何も付いている様子はなかった。うまいなあ、コナンくん。ほんとに子供なんかじゃないんじゃないの君は。

「お疲れ様でした吉川さん」
「お疲れ様です。首尾はいかがです?」
「あと15分程で男の身柄が警察庁に移されます。それと現場付近で不審人物として捕えられた男も現在輸送中です」
「そうですか。一度上に報告してからわたしも向かいます」
「はい、了解しました」

またひとつ仕事が落ち着きそうだ。そう思ったら欠伸が出てくる。さて、あとちょっと頑張らなくちゃね。





秘密はうまく羽織ってね

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