憧憬/降谷零


ストーカーは卒業したい


「あれ、こないだのストーカーの姉ちゃんじゃねえ?」
「あー!本当だ安室さんのストーカーさん!」
「何だか随分と荒れてますけどどうしたんでしょうね?」
「ストーキング行為がばれたんじゃないの」
「言っただろ、ストーカーされてるの本人知ってる上に気にしてなかったって」

小学校からの帰り道。サッカーをしようとまっすぐ向かった公園のベンチにはやさぐれた様子で缶コーヒーを片手に煙草をふかしている紗希乃さんの姿があった。

「紗希乃姉ちゃんーこんな時間に何してるの?」
「わー、コナンくん。こないだぶり」

他の皆もお久しぶり。とまだ長い煙草を携帯灰皿に押し込んだ。それをじっと見ていたのがわかったのか、「あはは、大丈夫だって君たちの前じゃ吸わないから」と疲れた顔で笑っていた。

「どこかの名探偵にも見習ってほしいわね」
「あ。毛利探偵のこと?確かに吸ってたねえ」
「お姉さんはここで何してるの?」
「ん〜休憩?」
「仕事中にこんなところで休憩していいんですか?!」
「まあね〜。部下待ちですよ」
「紗希乃姉ちゃんって部下いるの?」
「いたらおかしい?」

興味深げにやんわりと吊り上がる片眉にすこしだけヒヤリとした。この前、軽井沢で会った時に時々こうやって見られていたような気がしてならない。気付くと、なんともない表情に戻っていて、さっきのは見間違いかと思ってしまう程一瞬だった。それでも絶対、この人はオレのことを見てた。歩美たちと話をしている紗希乃さんから一歩離れたところから灰原がこそこそと話しかけてくる。

「ちょっと工藤くん、なんでそんな警戒した顔してるのよ。怪しまれるでしょ」
「……は?」
「は、じゃないわ。自分で気づいてないの、すごいしかめっ面よ」
「悪い悪い…それより、お前こそ警戒しなくていいのかよ」
「やっぱり奴らの気配はしないもの。……わたしの勘が鈍ってるだけかもしれないけど」

まだバーボンとの繋がりがはっきりしたわけじゃねえ。まだこの人が組織と無関係とは決まってない。もうすこし何か情報が……って、あいつらどこに行った?!わあわあと駆けて行く3人を見つけると、元太が手に何故かお金を持っていた。

「二人の分もジュース買ってきてくれるって!」
「ジュース?」
「うん。ジュース奢る代わりにストーカー女の称号を消し去って頂こうと思いまして」
「わたしは紅茶」
「じゃあ伝えて来ないといけないね」
「自分で行くわ」
「あ、そう。コナンくんは?」
「何でもいいけど…」
「そ。それじゃあこの人の相手でもしてることね。ちょうど人避けしたかったみたいだし?」
「コナンくんといい貴女といい一体何なの…?」
「灰原哀」
「探偵?」
「ちがうわ。推理オタクと一緒にしないで」
「あっはは!推理オタクって!」

面白いとひとしきり笑ってから、深い溜息をついた。少しだけ高いところにある公園のベンチに勢いつけて座った。隣りに腰かけている紗希乃さんは、小さく欠伸を噛み殺してからコーヒーの缶に口をつけている。

「なにか悩み事なの?紗希乃姉ちゃん」
「そうなんだよー推理オタク笑ってる場合じゃなかったんだよー」
「ああ、安室の兄ちゃんのこと?」
「推理オタク的にはさー例えば気になる子できたりしたらグイグイいくの?それともやっぱりお得意の推理を披露してオレすごいだろフフンって感じに持ってくの?」
「ねー、それって小学生にする質問じゃないよねー。蘭ねーちゃんたちに相談してみれば?」
「ムリムリ。あの子たちの中じゃ、わたしとあの人もうくっ付いてることになっちゃってるから」

つまり、今この人は安室さんからグイグイ来られてるってわけか。つーか安室さんの写真を集めてストーカーしてたくらいなんだから喜べばよくねーか。なんでこんなに悩んでるんだよ。

「くっついちゃえばいいんじゃないの?」
「ちがうんだよ」
「なにが違うのかわかんないよ」
「前に言ったじゃん。憧れは愛になんて成り得ないんだってば」
「どうしてそんな、自分で決めつけちゃってるわけ?」
「……」

缶コーヒーに口をつけたまま、紗希乃さんが横目でこっちを見てくる。それから、ハァーと溜息を大袈裟に吐いた。

「やっぱり君は小学生っぽくないね」
「本を読んで推理したりするのが好きなんだ。だから、そう思えるのかもしれないよ」
「ふうん、そっか。」

そうじゃないと思うけどねえ。と紗希乃さんが欠伸混じりに呟いて空を見上げたその時、自販機の方から歩美たちの叫び声が聞こえた。

「どーしたお前ら?!」
「こ、コナンくん…!これ…!」
「拳銃?」
「ほ、本物でしょうか?」
「バーロー!下手に触るな!」
「見た感じ本物だけれど」
「は、灰原!お前触って打っちまったらどーすんだよ!」
「大丈夫よ小嶋くん。引き金さえ引かなければ、ね」
「とにかく高木刑事に電話するぞ!」

自販機のとなりに置いてあったスポーツバッグの中から拳銃が出てきた。高木刑事に連絡をしてすぐに来てもらうことにした。とりあえずこの拳銃と、バッグを…「ねえボウヤたち」振り向くと、さっきまでだらりとしていた紗希乃さんが神妙な顔で立っていた。それから拳銃へと手をのばしてくる。

「貸してごらん、」
「あっ待ってよこれから刑事さんたちが来るんだ!だからあんまり触らない方が…」

紗希乃さんはスーツのジャケットから白いハンカチを取り出し、スポーツバッグの中に再びしまった拳銃を取り出した。拳銃を手元に取り出すと、ぐるりと回して拳銃を観察するように見回して、いくつかの場所を指でコンコンとノックするように叩いている。

「紗希乃ねーちゃん?」
「これ、本物じゃないわ」
「わかるんですか?!」
「よく作られているけどね、違う気がする」

それから白いハンカチで拳銃を包み、それが元々入っていたスポーツバッグを漁りはじめた。オレたちに見えないようにでもしているのかバッグのファスナーが彼女の片手が入るだけのギリギリまで締められていて、いち、にい、さん、と何かを数えているのに何を数えているのかさっぱりだった。

「ねー紗希乃姉ちゃん僕らにも見せてよ」
「そうですよお姉さんばっかりずるいです」
「歩美たちも見たーい!」
「見て楽しいものじゃないんじゃないかなあ」
「紗希乃姉ちゃんは見なくても何が入ってるかわかるの?」

すごいねえ、と試すように言ってみれば、仕事で目にすることもあるからねとニッコリ笑う。目にすることがあったって触ることなんて滅多にないんじゃないの、そう言おうとしたその時、自販機の後ろにある木の裏がガサリと音を立てた。

「しずかに。みんな離れないでね、」

紗希乃さんは漁っていたバッグを後ろ手に回して、オレたちの前に一歩出た。まさか、この拳銃の入ったバッグの持ち主か?!ここで襲って来られたら子供たちと紗希乃さんしかいない、もしもこの銃が偽物でも銃として機能するつくりだったら……!キリキリ、とキック力増強シューズのダイヤルを回し、歩美の持っていた缶ジュースを取って構える。確か、音がしたのはあの辺り!

「紗希乃姉ちゃん右に避けて!」

言ったとおりに右にしゃがむように避けた紗希乃さんの頭上を缶ジュースが飛んで行く。男のうめき声が聞こえ、みんなで急いで茂みに駆け寄ると、痛みと怒りで顔を歪ませた男がひとり飛び出して来た。

「げっ、当たったの肩だけかよ!」
「この野郎〜〜!!」
「うわああ逃げろおおお」
「待て元太!」

ちくしょう!逃げようとした元太が捕まる!肩を庇うのをやめて、無事な腕を元太に伸ばした男が叫びながら捕まえようとしていた。

「子供に手ぇ出してんじゃない、よっ!」

元太に真っ直ぐ向かっていた男の足を紗希乃さんが勢いよくはらう。血走った眼で追いかけていた男はそのまま地面に突っ伏した。それから彼女はその男の背中に馬乗りになって痛めていない方の腕を捻り上げる。オイオイ…もしかしてこの人も腕っぷしが良いのか?幼馴染が空手に励んでる姿が脳裏をよぎって、思わず苦笑いをしてしまう。

「コナンくん。縛るもの持ってない?」
「縛るもの……くそ、サスペンダーは家に置いてきちまった。おいみんな、何か持ってねーか?」
「持ってないわ」
「オレも持ってねーぞ」
「僕もです!」
「歩美も!」
「ん〜、そっか。しょうがないな、まあ来たみたいだからいいか」

現行犯で持って行ってもらおう、ともう一度ギリギリと男の腕を捻る紗希乃さんの言葉で気付く。パトカーのサイレンの音が近づいてきていた。おーい、おーい!とパトカーから降りてくる刑事さんたちを呼ぶように元太たちが公園の入り口の方へ駆けて行く。

「コナンくん、コイツの靴、脱がせてくれる?…ぐっ、もう…あきらめなさいよねっ!暴れないでよ!」
「靴?」
「脱がせば滑るから、立ちにくくなるの」

灰原と二人で脱がそうとすると足をバタバタと動かして暴れる。なんとか二人で片方ずつ脱がせる。うまくいったのは暴れる男の背中で片足を立てた紗希乃さんがピンヒールで踏みつけたから。背中の痛みに一瞬大人しくなったところを脱がせると、ずるずると砂の上でもがいてさっきよりも動きが小さくなっていた。

「これ、自己防衛ってことで」
「ええ。ヒールがぶつかっただけだわ」
「そうそう。哀ちゃん話わかる〜」
「それよりスカートが際どいわよ」
「うん、だから色々と後悔してる」

際どいと言われた紗希乃さんのスカートは馬乗りになっているせいで巻き上がっていた。思わずそれをじっと見てしまう。

「江戸川くんのエッチ」
「ちちちげーよ!」




ストーカーは卒業したい

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