憧憬/降谷零


大体予想通りのはなし ★


「証拠ならもちろんありますよ。そう、貴方が履いている靴の中敷きの下にね!」

わあ、決まった。新一くんが指を差した先にいた男は、この世の終わりみたいな顔をしてその場に崩れてしまった。小さな姿で犯人を確信するコナンくんの姿しか見たことがなかったから、こんなにも堂々と犯人と対峙している新一くんを見るのがとっても新鮮だった。すごいねえ、と抱きかかえている娘を揺らしてあやしながら声をかける。吹くと音が鳴るイカの人形を一所懸命しゃぶってプピプピ鳴らす愛娘はきょとんとした顔で新一くんを眺めていた。

*

「事件だって呼ばれてきてみたら紗希乃さんがいるから焦りましたよ」
「容疑者の一人にされちゃって困ってたから助かったよ」

今まで数年も遭遇しなかったっていうのに、一度再会した途端に何かしら縁のある出会い方をするもんだと思った。杯戸町にあるショッピングモールへ偶然来ていたところ、モールの吹き抜けを通る渡り通路で人が泡を吹いて倒れていると騒ぎになっていた。人混みをかき分けて中心に近づくとそこには、ベンチの傍に倒れている女性と、千景ちゃんを抱っこしながら興奮した男に手首を掴まれている紗希乃さんがいた。

「俺じゃなくても犯人が紗希乃さんじゃなくて、あの男だっていうのはわかりそうなもんでしたけどね」
「人に罪をなすりつけるならもっと上手くやってもらいたいよね」
「うわ、教育上よろしくない言動」
「そもそも事件に遭遇してしまうこと自体が教育上よくないでしょ」

男に手首を掴まれて、お前がやったんだ!と詰め寄られていた紗希乃さんは迷惑そうな顔をしつつ千景ちゃんに帽子を深く被せて男から遠ざけるようにしていた。そして淡々と「わたしは関係ありません」と否定している姿に背筋が冷えた。普通なら大泣きしてもおかしくない状況だったけど、さすが降谷夫妻の娘といえばいいのか手にしたオモチャをひたすらベロベロしゃぶっていた。舐めすぎじゃね?と思ってたらどうやらそういうモノらしく、時々ピーピー笛のような音が鳴っていた。……イカ?これイカの形?あぁ、風見刑事からのプレゼントか。……なんでイカなんだ?

「いや〜でもマジで何もなくてよかった。紗希乃さんと千景ちゃんに何かあったらどうしようかと思いましたよ俺」
「自分だけだったらどうとでもできるけど、今はそうじゃないから下手に動けないのが難しいよ本当……」
「まだ一人で逃がしたり待たせられる歳じゃないですもんね」
「子供はなかなか言うこと聞けないじゃない?数年前の少年探偵団思い出すと、ちゃんと守りたいならそれなりの動きをしなきゃなって身に染みてるところ」
「あ〜、アイツら待ってろとか言っても言うこと聞かなかったから」
「あの頃の君も含めてるんだけど気づいてる?」
「そこは見逃してよ紗希乃さん……」

今回の事件は渡り通路に設置された自販機とベンチの前で起きた。ベンチに座ってお茶を飲んでいた女性がもがき苦しむように倒れ、その場にいた連れの男が紗希乃さんにお前がやったんだろ!と大声をあげて大事になった。

「さっきの推理の時にも伝えたんだけど、もっかい伝えるね」

倒れた女は救急車で運ばれて、犯人は警備員に拘束されて裏に連れていかれた。今は現場検証と事情聴取の為に刑事さんたちを待っている。連絡はとっくにしたからもうすぐ着くだろうな。

「買い物に来てそこのベンチで休んでたところにあのカップルが喧嘩しながらやってきて、しばらく揉めてたんだけど途中でそこの自販機でお茶を買って互いに落ち着こう、みたいな感じになってたのね」
「それで、犯人が女性に缶のお茶を手渡し損ねて紗希乃さんの足元に転がってきたんでしたっけ」
「その通り。私は普通に拾って被害者に手渡した。被害者はそれを受け取って、ベンチに座ってお茶を飲み始めてから数分後に悶え苦しんで倒れ、あの男にお前が何か飲ませた!って自己紹介じみた言いがかりをされてた所に新一君が登場ってわけ」
「うん、さっき聞いた話と同じ内容……それで?紗希乃さんは他に何か言いたいことが?」
「……事情聴取ばっくれてもいいかな?」
「やっぱりな」

復唱が必要なものでもない事件内容を念を押すように再度言われたら普通にわかる。買い物に来たって割に何かを購入した様子もない。カップルが揉め始めたら、その場から移動して距離を置いても良かったはずなのにそれもしなかった。ということは、

「いま何の案件してるんですか」
「言えるわけないよねぇ」
「何か調べてます?」
「ううん」
「気になることがあった?」
「娘のオムツの状況は気になるね」
「えっ、ウンチしてんの?」
「冗談。事件の直前のタイミングでオムツ交換したばっかりだよ」
「なんだよ冗談かよ」
「まあ、なんかちょっと達成感にあふれた顔してるから出てる可能性大なんだけど」
「げっ」
「逃げないからオムツだけ変えてきてもいい?」
「わかりましたよ。ちゃんと戻って来てくださいね」
「はーい」





「工藤君!」
「こんにちは千葉刑事」

通報はショッピングモールでしてくれたと聞いてたから一体誰がくるのかと思えばまさかの千葉刑事。なんていうか用意された巡り合わせのように思えてくるなこれ。紗希乃さんは千葉刑事に会いたくなくてばっくれたかったとか?そういえば、俺らと数年会わなかった間に刑事課の人たちとは会ったりしてなかったのかな。組織関連で警察庁の動きが何となく読めていた数年前が異常で、何の音沙汰もなかったここ数年の状況の方が本来のあり方として正しい。警備企画課のゼロなんて警察組織とはいえ刑事課とは管轄が違うんだ。もしかしてだけどまだ再会してない上に、するつもりもなかったのかもしれない。同期で知人で水臭いとは思うが、特殊な仕事をしている人たちのことだからあまり深入りできない内容だよなぁ。

「容疑者の一人だった子供連れの女性は?」
「お子さんのオムツを替えに行ってます。もうちょっとしたら戻ると思いますよ」
「子供がいると大変だなぁ。工藤くんの知ってることを先に教えてもらってもいいかい?」
「もちろんです。あぁでも、もう戻ってきましたよ。ほら」

ちょっと話をしている間に紗希乃さんがちょっと急ぎながら戻ってきた。前に進むたびにプップッと音の鳴るオモチャはわかりやすいくらい場違いで、近づいてくる謎の音に鑑識の人らも首を傾げてる。

「こんにちは。千葉くんが担当なんだね」
「……えっ……?」
「手っ取り早く終わらせて欲しいから、できたら警視庁行きたくないんだけど難しいかな?」

何やら機嫌が悪そうにプピー!とそれはもう盛大にイカのオモチャを吹き鳴らす千景ちゃんと紗希乃さんの顔を何度も交互に見返す千葉刑事。やっぱアンタ言ってなかったんじゃねーか。事情聴取よりも身の上話の方が長引くぞこりゃ。




大体予想通りのはなし ★

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