憧憬/降谷零


満月迷宮C


今日の射撃訓練はイマイチだったなぁ、と内心しょげつつも教官に指示された道具の片づけを一人で行っている。当番制での片付けになっているはずだけど、どうしてか今日はわたし以外に誰もいなかった。皆手伝ってくれたってよかったのに。

「ひとりでよくやるもんだな」

聞き慣れない声に反射的に敬礼をした。大抵聞き慣れない声は上官だったり警察学校のOBだったりする。アタリかハズレか、敬礼された側の男性は煙草を咥えたままおかしそうに笑ってる。……禁煙のはずなんですけど堂々としすぎじゃないですかねぇ……。

「楽にしろよ。別に偉くない」
「は、失礼致します」

室内なのにサングラスをかけていてどう考えてもおかしい。不審者と切り捨てるには早い気もするけど、怪しさがどうしても残る。

「どう判断するか迷ってるって顔だな」
「っ……!」
「まぁ、簡単に言うとアンタの先輩にあたるな、一応」
「所属をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「あ?あー……かすってるか?いや、微妙だなわかんねぇ」

所属を尋ねたところ何やら悩み始めてしまった。伝えにくい所属場所なのかな。……例えば公安とか。

「守秘義務のある場所でしたらお答え頂かなくて結構です」

適当な所属を答えられたって後から調べて足がつかなかったら聞かなかったのと同じだし。さっさと片づけを終わらせてしまおう、とその人の話題を切り捨てることにした。わたしからの断りの言葉を聞いたその人は何が面白かったのか、お腹を抱えて笑っていた。

「馬鹿にはしてない」

馬鹿にしてなくってそんなに笑うっていうのは一体どういうことなんでしょうね。知り合いだったら確実にそう言って詰めただろうけど、この人はさっき会ったばかりの人だからやらない。失礼します、ともう一度断って射撃訓練の後片付けを続ける。

「公安に粉掛けられてるだろ?」
「…………どこの情報ですか?」
「そんなことないぜって否定しておけよ」
「口のゆるい同僚がいますよって上官に報告した方が良さそうですね」
「その煽り方、ますますアイツ思い出すわ」
「アイツ?」

片づけたって意味ないぞ、といつの間にか2本目の煙草に手を付けているその人は訓練場のベンチに腰掛けた。1本目の吸い殻はどこにやったんだこの人……。後で見つかってわたしが処罰を受ける羽目になったらどうしてくれるの。

「アイツ、って誰なんでしょう」
「覚えてないんだな」
「うーん……なんか、色んな人に"アイツ"の話をされるんです」
「あっそ」
「興味ないですね、貴方」
「アンタこそ俺に興味ねーだろ」
「そうですね。口がゆるいとなると重要な席にいるわけでもなさそうですし」
「言うねぇ」
「公安から声がかかっているという事自体、貴方の妄想かもしれませんし」
「決めつけは命取りになるんじゃねーのか、公安さんよ」
「わたし、公安じゃないです。刑事課になるかもしれない」
「刑事課には向いちゃいねーよ」
「急に現れて随分と知ったようなことを……」

今日の射撃訓練の結果がこれからも続くようなら警護課なんて雲の上。公安だって遠い話だろうに、この人はやけに公安にこだわるなあ。

「知ってんよ。アイツのことを気にしないわけがねーし」

ほら、またアイツ。ゆらゆら揺れてた紫煙が縫い付けられたように止まってる。何度目か忘れた白い景色に、またかと思うばかりで目を閉じた。

「これからもアイツを大事にしてやってくれよ」




満月迷宮C

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