憧憬/降谷零


満月迷宮B


あまり乗らない路線の電車に揺られてやってきたのは東都大学。オープンキャンパスと書かれたチラシを持って勇気を出して足を踏み入れた。そわそわ落ち着かないけど仕方ない。初めて来た上に、同じような子がパラパラと見える。人数少なすぎじゃない?大丈夫?

「大丈夫?」
「えっ」
「きみ、やたらキョロキョロしてるからさ」
「えっと、結構です……?」
「何が?!」

勧誘じゃないからね?!と一人で騒いでいる男の人はどうやら東都大の人じゃないらしい。部外者が何でこんなとこにいるんだろ。関わっても良いことなさそうだし……すすす、と距離を置けばショックを受けたような顔をしてる。

「べつに悪いことしようとしてるわけじゃないんだしさ〜」
「わたしはここの見学しに来たので……!」
「じゃあ俺も一緒にしよ」
「えっ」
「えっ、そんなに嫌?!」

嫌と言っても面倒くさそうだし、いいよって言うのも何だかなあ。アハハ、と適当に笑って流したら、しれっと普通についてきた。もういいや、気にしないようにしよう。どうせ入学したら部外者は入って来れないだろうし。

「それにしても紗希乃ちゃんってココが第一希望なの?」
「そーですけど、なんで名前知ってるんですか?」
「さて、何ででしょう」
「情報漏洩で訴えますよ」
「おお、こわいこわい。さっすが法学部志望なだけあるね」
「……志望学部まで知ってるとか本気で怖いんですけど!」
「安心して。別にヤバい筋の情報とかじゃないからさ」
「それ以外に何があるって言うの……」

志望学部が漏れてるってことは塾関係の人かな。講師の先生とか?でも、こんな人見たことないしな……。大学生で新しく入った人かもしれない。

「生徒の個人情報売るのは規定違反だと思いますけど」
「俺先生じゃないしね」

もう埒が明かない。この人は放置してさっさと行こう。模擬授業を受けることのできる教室が、この先の教室棟にあるみたいだからそっちに行くことにした。

「紗希乃ちゃんはなんで法学部に行くの?」
「ん〜……弁護士とか、お堅い職に就けば将来安泰かなって思いまして」
「へぇ〜。それで東都大選ぶのも中々だよね」
「母や姉を安心させるにはネームバリューのある大学の方が説得しやすいし、何より学費も他の大学より抑えられますよ」
「なるほど。じゃあ警察とかどう?」
「警察?」

楽しそうに提案されたものが想定外で思わず足を止めた。人差し指を立てて、ばっちりウインクを決めたその人は「警察楽しいかもよ」なんてゆるい雰囲気で言いのけた。警察なんて楽しさとは無縁な職業の筆頭じゃないのかなあ。

「……そういえば。お兄さんの恰好、警備員というか警察というか変な恰好してますね」
「変ってひどいな!」
「警察の人なんですか?」
「まあね」
「……見えない……」
「そんな本気で疑わないでよ」

警察……警察かぁ。わたしがなれるとは思わないけど、選択肢のひとつに挙げるには十分立派な職業だよね。ありかもしれないな。

「まあ、まずは大学受験に勝ってからじゃないと」
「大丈夫だよ」
「そういう根拠のない言葉は受験生にはよくないです」
「だって大丈夫だからね」

やっぱり意味わかんない。キィ、と背後で音がしたのは講義室のドアが開いたからだった。あれ、いつの間に着いてたんだろう。「ここが模擬授業の教室みたいです」と男の人に伝えたら、何故か目の前に薄くて白い靄が広がっていた。輪郭がぼやけ始めたその人がゆるく手を振っている。

「アイツとずっと仲良くするんだぜ?」




満月迷宮B

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