憧憬/降谷零


満月迷宮A


「米花町?」
「おー嬢ちゃんよく知ってるな」
「おじさん馬鹿にしてるでしょ」

ランドセルを背負って歩いているのは米花町の商店街だった。さっき、おじさんに手を繋ぐか?って聞かれたけど丁寧にお断りしてある。だって、背の順で後ろから数えた方が早いんだもん。おじさんが警察に捕まっちゃう。

「なんだか変な気分」
「何がだ?」
「さっきお父さんに会った気がするの」
「会ったんじゃないか?」
「そんなはずないのになぁ。だって、わたしが小さい頃に死んじゃったし」
「小さい頃って今も小さいだろ」
「えー?小さいって言うけど、もう中学生になるんだよ」
「へえ。中学ねぇ」
「おじさんからしたら遠い昔のことでしょ」
「そりゃそうだ」

わたしの家は杯戸町にあるから米花町にはあんまり来ないのに、なんでここが米花町だってわかったんだっけ。お母さんとも来た覚えないし、お姉ちゃんと来た覚えもないし……。テレビで流れたのかなあ。美味しそうなパン屋さんの店頭には話題沸騰!とうまい見出し文句が並んでた。

「買い食いは禁止だぜ?」
「……食べるなんて言ってないもん」
「そういや、嬢ちゃんは料理上手なんだったよな」
「人並みには……って、わたし、あんまりご飯とか作ったことなかったや」
「でも作れるだろ?」
「作れそうな気はしてる。何でだろ、変な自信があるだけかも」
「まあ、アンタなら作るだろうな」
「おじさんやっぱ何か変!わたしが料理してるの見たことないのに!」
「全くないわけじゃあないな」
「えっ?」

不思議なことを言う人だなぁ。深く聞いてもうまくはぐらかされて聞きたいことが全然聞けない。

「何か不安なことはないか?」
「不安……不安なこと、いっぱいあると思うんだけどなんか思い出せない」
「ひとつも?」
「ひとつも。中学で友達できるかな、とかそういう不安はもちろんあるんだけど、そうじゃなくて、もっとおっきな不安があった気がする」
「そうか……まあ、でも、大丈夫さ」
「またテキトーなこと言う!」
「違うよ。一人じゃないから、大丈夫だって言ってるのさ」

気が付けば商店街の端っこまで来てた。つまようじを咥えてるおじさんは、商店街の敷地から一歩も外に出ようとしない。わたしだけが一歩先に立っていたから、戻ろうとすると手で制される。

「行かないの?」
「ああ」
「どうしても?」
「どうしてもだな」

どこかで見た白い靄がまたしても現れた。おじさんの姿がどんどん白に覆われていく。

「アイツを頼むよ」




満月迷宮A

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