憧憬/降谷零


工藤新一初めての捜査協力E


なんで旦那はこうもノリノリなのか……。頭を抱えてみても埒が明かない。新一くんに助けを求めようにも、首を振られておしまい。他の面子は助けられるわけがない。これまで安室透として振る舞ってきた人たちの前だからなのか、かつての丁寧な口調に近い接し方をしている零さんは、どこか楽し気だった。

「SNSだと思うと想像がつきにくいでしょうか。だったら、普通のメールでも構いませんよ。朝起きて、メールボックスを開く。それから?」
「……同僚や知人からのメールは忘れんし、家族からの連絡も見逃さないが……」
「後はメールマガジンとか来るけど……」
「自分の元に来たメールマガジン、どうしてます?」
「え?僕はそうだなあ、ぱぱっと眺めて、必要な情報じゃなかったらすぐ消してますけど……」
「じゃあ、何時に、どの会社から、どんな内容のメールマガジンが来たか覚えていますか?」
「!」
「そーいうことか。今回、公安で身柄を拘束した犯人は、そのトークアプリを使ってメールマガジンのように広告を記載するアカウントを作成して、連続殺人事件の犯人たちに毒物を入手させていたってことっすね」
「その通り〜。ただ、現時点で把握できている情報だけで判断するにはちょっと押しが弱いので、共犯と思われる男も任意同行で身柄を確保したところなの」
「押しが弱い?」
「ええ。今回、容疑者として拘束した男はトークアプリでの拡散自体には手を出していない可能性がある。誘導するシステムと手口を構築し、土台を整えるだけ。サイバーテロの容疑として挙がったのは、ウイルスの拡散ね。よくある手法でウイルスを拡散していたようだったからサイバー犯罪対策課にリークして泳がせていたんです」
「ウイルスを拡散しているのがバレバレなら逮捕しても良かったんじゃないのかしら」
「そうですねえ。ただ、あんまりにも隠す気もなくてヘタクソな繕い方だったので裏があるのではないかと」
「で、実際あったわけだ」
「おそらくね。それをこれから詳しく事情聴取するわけですが」

時短したくって君を呼んだのだよ工藤新一君。モニターに必要なファイルを表示させて、皆に見るように促す。数枚の写真と、トークアプリのスクリーンショット画像だった。皆が興味深げに眺めている中、新一君は瞬きもせずにじいっと一点を見つめていた。そうそう、さすがだねえ。

「携帯型扇風機?」
「これが一体どのように関係してくるのかね?」
「これはあくまで見本の類似品です。携帯扇風機、近年流行っていますね。可愛らしい見た目のものもありますし、コンパクトさに磨きがかかって夏場は大活躍です」
「……なるほど。これ、スマートフォンに直接接続できる扇風機ですね?」
「ご名答〜」
「スマホの充電を使って動かすってことか?」
「そうなんです。ただ、流行のものはやっぱり乾電池式だったり、USBコネクタの規格が異なる物がメインです」
「スマホの充電気にしてポータブル充電器を皆持ってる時代なのに、わざわざスマホの充電減らすようなことするってあんま売れてなさそう」
「売ってないと思うんだよねえ、たぶん」
「確か、うちのを潜らせて接触した時に試作品だと手渡されたんだったか?」
「そう。試作品だから、あくまで"貸すだけ"。新一君の言う通り、このスマホなくしては生きていきにくい世の中で、充電を削っていく扇風機は試しこそはしても、皆気に入らず持ち主に返してしまう」
「よくある手法って言ってたのはこれのこと?この扇風機をスマホに挿し込んで、ウイルス拡散を容疑者がしてたってわけかな」
「そういうこと。ただ、作った本人が扇風機を勧めていたわけじゃない。最初は扇風機を所持していた男がテロの主犯の線で捜査していたけれど、どうやら何にも知らない。あくまで手駒として使われていたみたい。容疑者とコンタクトを取り、動いていたと思われる一人が、この人物」

トークアプリのスクリーンショット画像を見やすいように一番前に開く。その画像にはとある男性のアプリ内での個人ページが表示されている。ヘッダー部分に分かりやすく画像が掲げてあって非常にわかりやすい。

「ホォー……『運び屋』ねぇ……」
「これ今日入手したばかりなのでまだ報告できてないモノでーす」
「わかった。続けて」
「はーい。こちらの個人ページですが、トークアプリに登録するとこういった個人のページが割り当てられます。このアプリ内にて『運び屋』を名乗るグループが存在していまして、最初に接触できた男はその内の一人です」
「運び屋って聞くと犯罪臭いけど、本当に名前のまま犯罪行為をしている集団だったってこと?」
「いいえ。彼らは、自分の空いた時間に人や物を運ぶアルバイトの集団ですね。メインが大学生だから新一君は知ってんじゃない?」
「聞いたことあるけど、まさかアプリ使って大々的にやってるとは思ってませんでしたよ。報酬は食事代とかって聞いたことあるけど、それと同じ?」
「きっと同じね。運び屋のメンバーは全員車を所持していまして、アプリで空き時間の宣伝をするわけです。それに、アプリ内で依頼をする人が現れる。依頼内容が承諾できるものであれば交渉成立。食事代などを出してもらうのが条件だそうなので、1食分のために、サクッと依頼された物を運ぶっていうのは都合が良かったんでしょう」
「人を運ぶというのはタクシーのように使う、というわけかね?」
「そんなところです。依頼はトークアプリでトークしている者同士のトークルーム内で交わされますが、交渉成立したら運び屋の方はそれを公表しなければなりません。次々と依頼が来ちゃいますからね」

私の説明を聞きながら、スマホに指を滑らせる零さんは、ふむ、と一人納得したように頷いた。

「公表するのも、どのアカウントの人物の依頼を受けるか明記しているのか」
「犯罪行為はしませんよってアピールですね。女性から男性への依頼もありますし、何ならタクシー代わりに使って手でも出されて警察沙汰になっても面倒でしょうし」
「……そうか。連続殺人事件の加害者が仮にこの会員制トークアプリに登録していて、この運び屋を使って移動したことが1度でもあれば毒物を入手できるサイトに誘導することが可能になるわけですね」
「ルートの確保は確かにそれで通るが、複数の人物を殺人に手を染めさせるまでこぎつけるにはそれだけじゃないと思わないかい」
「複数回会っている上で相手を選び毒物入手の手助けをした可能性がある、と。だったら運び屋がアプリ上で公表している、依頼を複数回受けた相手の集計をしていけば……!」
「今回の加害者達のアカウント以外にも予備軍がいるとしたら絞られるね」
「すぐにその会員制アプリのアカウントの情報開示をさせるんだ!そして、関与した人物と複数回接触している人物を洗い出すぞ!」
「洗い出しならご心配なく〜。運び屋の中の黒い人物と接触したアカウント一覧をさっき山本にあげといたので今頃解析終わっているのではないかと」
「それってすれ違いざまにいれといたやつ……?」
「あれ?見てた?それそれ〜」
「終わってなかったら説教だな」
「いや〜流石に終わってますよ」
「本当に終わってると思うのか?」
「終わってなかったら風見さんが手助けしてると思います」
「お前が報告会の時間繰り上げたのにか?」
「うわ、そうだった」

山本のスマホに電話をかけるも一向に出やしない。何だアイツ、報告するだけしてまた電源切ってんじゃないでしょうね!!バタバタと立ち上がった捜査一課の面々は勇ましい顔立ちで、敬礼を掲げている。

「降谷警視正、並びに降谷警視!捜査協力誠に感謝致します。我々はこれから我々のできる手段で捜査を続行させて頂きます」
「ええ。捜査が終結するまでこちらもサポートさせて頂きます。その時は何卒」

私達も立ち上がって、返礼する。忙しなくかけていく3人を見送っていると、座ったままの新一くんがじーっとこちらを見ていた。

「どうしたの?ついてかないなんて」
「あー、まあ行くんだけど。2人がちゃんと敬礼してんの初めて見たなと思って」
「……そうか?」
「そうかも?」
「で?なんか手土産いっぱい渡された気分でしかないんだけど、紗希乃さんは一体どういう目論みでこの合同捜査しようとしたのかもっかい教えてくれないっすか」
「まあ新一くんだから言うんだけどさあ」

*

「ハア?!今回拘束した容疑者が、現在アメリカを騒がせている爆発テロ事件の容疑者の弟?!」
「腹違いのね。国籍も異なるし接点がないかと思っていたのだけど、どうやらネットを介して知り合っていたらしくって。血縁の起こした事件で触発されて日本でもテロ行為に走るのでは、とマークし始めたらなんと元から泳がせてた男じゃない?何かありそうだと探っているうちにFBIから探りが入って」
「おい、最後の聞いてないぞ」
「だから必要な所だけ報告したと言いましたよ」
「そこが一番重要だろう!」
「絶対出てくるから嫌だったんですよ!見て下さいよ私の着信履歴!ぜーんぶ降谷さんの居場所聞いて来そうな相手ばっかじゃないですか〜〜!」

登録名が無く番号だけが羅列している着信履歴が表示されたスマホを目の前に掲げられて、降谷さんがぐううと唸っている。わっかんねーよ。

「それにね、FBIからのは風見さんを通して個人的に赤井さんが接触してこようとしたので拒否してます。公的に来るならまだしも個人的に情報寄越せは組織が壊滅した今は通じませんよ」
「は?赤井?!」
「ほらこれだから!ねえ新一くんわかるでしょ?!面倒だからさっさと解決させたかったの!」
「だったらあんなヒントとかじゃなくって最初っから……あれ?そういや、飛行機どうなった?!」
「えっ?」
「紗希乃さんが最初にくれたヒントで言うなら、あの日のニューヨークから成田に発着した便の搭乗者の中に被害者がいるんでしょう?」
「そうだよ。被害者は皆あれに乗ってる。だから今回のトークアプリのアカウント照合と共に、あの飛行機の搭乗者の関係者も一緒に洗えばいいじゃない。山本とそういう話にならなかった?」
「いやいや全然話詰める前に交代して……待って、もしかしてそのアメリカの爆発テロの犯人が捕まったのってその飛行機の出発日?」
「うん。飛行機の遅延理由は、乗客が輸入禁止物を持ち込もうとしてトラブルになったのがきっかけなんだけど、そこで出発がほんのすこし遅れたタイミングでその便にテロの容疑者が乗っていると判明したから機材トラブルと称して全員一度下ろしてるんだよね。察知したのか、逃げようとした容疑者は人目のつかない場所で無事確保。逃亡を幇助した人物がいないかチェックして更に遅延してたわけだけど……」
「ってことは、あの便に乗ってた人を逆恨みして殺してやろうってのがサイバーテロの動機?」
「じゃないかな、と思う。これから取り調べだから何とも言えないけどね」
「被害者の周りの人物が全員この会員制アプリを使ってるわけじゃなくない?」
「加害者が皆20代だから運び屋の中にアプリを勧めるような役割の人物がいる線で動いてるよ。つまりあの飛行機に乗っていて、アプリに登録してる20代が周辺にいる人物は危ないね。まあ、犯行が上手くいった件数と搭乗者数を考えるとすごーく地道な復讐だったように思えるけど」

やっぱり全部最初からわかってたんじゃねーか!噛みつくように言ってしまったけど、二人ともうんうんと頷いているだけ。

「細かい情報が足りなくってかゆいとこに手が届かないから、山本メインでさくっと時短するには君が必須だったんだよ〜」
「まあ、見かねた紗希乃が出て来てるわけだが」
「そして更に我慢のきかない零さんが出てきてるわけですが」
「あんたらどっちも大人しくできてなくねーか」





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