憧憬/降谷零


工藤新一初めての捜査協力D


甘いマスクで女子高生を魅了してやまなかったとの噂を持つあの喫茶店の店員が何故かスーツをカッチリ着こなして、目の前で同期の吉川相手に凄んでいる。
安室透。記憶に違いがなければ、目の前の彼はそういう名前で、吉川の彼氏で、吉川の旦那で……?待て待て誰か理解できている人はいないのか?!目暮警部も明らかに困っているし、隣りにいる佐藤さんは安室さん自体に首を傾げている。あれ、会ったことなかったっけこの2人。廊下にそろそろと逃げようとする吉川の首根っこを掴んで、押し込めるようにパイプ椅子に無理やり座らせている様子は、いつも毛利先生と推理をしていた頃の安室さんと比べると、なんていうんだ、こう……粗雑?いや、酷いか?それでも元々は女性相手ならもっとスマートに……ああ、そうか2人は夫婦だっけ。いやでも苗字が……。

「皆さんご無沙汰しております。あぁ、初めましての方もいるようですね。突然お邪魔してすみません。どうも厄介な事件が起きているようで……新一君?」
「だめだめ降谷さん、皆ついてこれてないです」
「は?」
「皆さん、零さんのことまだ"安室透"だと思ってるんですよー」
「……はあ?」

きょとんとしたその表情で、吉川と顔を見合わせている。当の吉川はと言うと、わたしは知りませんと言った表情で肩を竦めてゆるく頭を振った。あ、若干苛ついた安室さんが笑顔で吉川の鼻をつまんで……って普通にイチャついてるだけじゃないかこの二人?!

「あ、安室君……なぜ君がこんなところに?ここは関係者以外立ち入り禁止になっているんだが」
「そうですよ、貴方は本来捜査に関係ないんですから立ち退きを要請します!」
「元を辿れば山本の案件なんだからお前も立ち退き対象になるな?」
「くっ……!」
「あのー、降谷さん、紗希乃さん。仲良くしてるとこ申し訳ないんだけど皆置いてきぼりくらってるからそろそろ話進めません?」
「……そうだ、降谷って。安室さんと結婚したのに降谷ってまさか」
「毛利先生がてっきり皆さんに話してくれているものだとばかり」
「右に同じく」
「まあ、探偵として過ごしていた時から大分時間は経っているし仕方ないか」
「あの捕物の直後じゃ刑事部への挨拶は優先順位低かったですしね」
「おいおい」
「それでは改めて。捜査で使っていた安室透の名でお会いしたのが最後でしたから、こうして素のままで対面するのは初めましてですね。警察庁警備局警備企画課所属の降谷零と申します」
「私の上司で主人です」
「じょ、上司だって?!」
「ええ、立場上は。まあ現場に出ていた期間がそれなりに長かったものですから身分不相応かもしれませんが……」
「いやー、それ降谷さんが言っちゃうわけ?だって、順当に行けば、」
「警視正……ですか?」

新一君の言葉に続くように呟いたのはずっと首を傾げていたはずの佐藤さんだった。半ば睨みつけるような表情で勢いよく立ち上がり、素早く敬礼をしている。いや、え?警視正?安室さんが警視正?!

「私の記憶が正しければ、貴方は伊達刑事や松田刑事の同期のはず……。であれば少し早いかもしれないけれど、昇級していれば警視正クラスもありえるでしょう」
「懐かしい名前をここで聞くことになるとはね。ああ、そうか。松田は捜査一課に異動していた」
「警察学校時代の写真を見たことがあります」
「……手の届く範囲は処分したつもりだったけど、取り零したか」
「ええ。伊達さんのロッカーの中に、そりゃあもうたくさんと……」
「えっ、若い頃の写真あるんです?今も?」
「捨てるのも憚られて一応保管はしているけれど」
「まさか紗希乃さん、まだコレクションしてるの?」
「してないよー。単純に興味あるだけ」

急な展開についていけていなかった俺は警部からの視線の合図で同時に立ち上がった。佐藤刑事に倣って敬礼すれば、安室さん、いや、降谷警視正はパチパチと瞬きを繰り返している。

「階級を確かに利用すべき場面は存在しますが、この場はそうではないと考えています。あくまで、こちらの事情でお邪魔しただけのこと。あなた方が不必要に委縮する必要はありません」
「そうですよ、皆さん。この人は現場に出たくてしょうがなくって抜け出してきただけなんですから」
「お前がきちんと報告しておけば大人しくしていたさ」
「必要な箇所はもちろん報告したでしょう?大体どうしてここにいるんです。午後は風見さんの班の報告会入れておいたでしょうに」
「普段よりも時間が早いから何かあるかと思って風見をつついた」
「うわ、パワハラですって」
「安心しろ。風見は吐いてない」
「推測してここまで来たんですか?うわー、ほんと推理オタクだめだよ新一くーん」
「オレに急に振らないでもらえます?!」
「あのーそろそろ捜査の方を進めないとまずいんじゃあ……」
「そうですね。それじゃあ、続きからどうぞ。事件の概要は頭に入ってるので」
「いやいや戻りましょ。他の案件もすっ飛ばしてきたんじゃないですか。色んな人から着信あってスマホが騒がしいんですが」
「時間が惜しい。山本はどうなってるんだ?」
「任務遂行したと一報入りました。惜しいってこの状況の貴方が言っていい台詞じゃないでしょ……」

とりあえず座ってください。吉川の指示通りに全員パイプ椅子に座り直す。降谷警視正を追い出すのは諦めたのか、ブンブン鳴り続ける吉川のスマホはサイレントモードに切り替えられていた。画面には着信を告げる画がずっと表示されていて、きれてもきれても何度もかかってきている。画面が見えるように机上に置いてあって、さっきまで騒がしかったそれにどうしても視線が集まる。画面に映る番号は毎回違う数字。登録していないのか、未登録の番号からかかってきているのか。

「さて。情報交換の続きというわけで、ひとつ報告です。容疑者1名に加え、もう1名任意同行を求め、身柄確保したと先ほど山本より報告がきました」
「えっ、いつ来たのそれ」
「さっき。トークアプリで」
「トークアプリ……」
「そう。今回はそのトークアプリを使ったサイバーテロの容疑がかかっています。今回問題になったアプリケーションは登録制で、複数所持するには携帯端末を複数所持する必要がある」
「それってCMもよくやってる最近流行りだしたトークアプリだよね、紗希乃さん」
「ええ。ひとつのアプリでメッセージを交換してやりとりできる機能と、写真や文章を投稿できる機能がついてる。本名はアカウント作成時のみ使用し、アプリ使用時は本名不可の完全匿名制で運用されてます。ただ、機能だけでいうのならSNS界隈で主流なのは他社のアプリで登録数も桁違い。今回の問題になったアプリは新規参入で利用者が少ないからこそ足がついたわけですが……」
「降谷警視、つまりは今回の加害者たちの共通点がそのトークアプリに登録していると?」
「先にそちらで逮捕されてますのでこちらの調査ではそこまでの確証が得られてません。ただ、彼らはこのトークアプリ上で今回我々が身柄を拘束した彼らの使用するアカウントと繋がりがあると推測してます」
「"誰かに教えてもらった"というのはそのトークアプリ上の話ってことね?!」
「えー、それだとおかしいですよ佐藤さん。登録制なのに誰なのか特定できないってどういうことですか?」

この手の登録は端末登録で携帯番号を使用するケースが多い。メールアドレスよりも確実に個人を特定できるからだ。完全匿名制なんだとしても表示された名前で覚えるんじゃないかと思う。実際、特撮オフ会に参加した時はみんなニックネームで呼び合って、本名まで辿り着かなかったこともあるし。つまり、自分に情報を与えてくれるアカウントがあったとしたら、それがどれなのか曖昧なものなんかじゃなくて、ちゃんと認識して確定できるわけだ。それなのに、誰に教えてもらったかもわからないなんておかしい。

「気にも留めないようなアカウントだったということでは?」

腕を組んで黙って聞いていた安室さん……、いや、降谷警視正が人差し指を顔の傍で立てて目をキラリと輝かせている。これは完全に楽しんでる。安室透という人物ではないと宣言されても、どう見たって安室透がスーツを着て推理しているだけにしか見えなかった。

「皆さんがSNSをやっていたとして、気にも留めないアカウントってどんなものを想像しますか?」
「ねーもうガッツリ混ざろうとしてるんだけどこの人」
「俺に止められるわけないでしょ紗希乃さん」




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