憧憬/降谷零


工藤新一初めての捜査協力C


「自由に動かせる人手が山本さんしかいなかったっていうのに紗希乃さんが出てきたってことは今結構ヤバイ状況なわけ?」
「ヤバくはないよ。ただ、手短に済ませる必要が出てきたんだよね」
「なんで?」
「ちんたら捜査してよそに持ってかれたら悔しいじゃない」

よそって一体どこの話だ?と目暮警部たちが顔を見合わせている。困惑してる皆を代表するように、佐藤刑事が詳しい説明を紗希乃さんに求めた。

「私たちの日本で犯罪を犯しといて、アメリカなんかに持ってかれちゃ裁けやしないでしょう?」
「アメリカ?!」
「そうなんですよ。今回の犯人はこれまた別件で今後FBIに身柄引き渡しを求められるであろう見立てで我々公安は動いています」
「待って、待って紗希乃さん!犯人もうわかってんの?!」
「おそらくね。さっき任意同行求めて確保したから元々の担当の山本をそっちに送ったところ」

なんで急にFBI?しかも任意同行求めて確保ってこの特捜班の意味ねーじゃんか。……いや、待てよ。山本さんは確か"別件"で動いてるって言ってたよな。別件での任意同行ってことか?

「今回の特捜班での捜査は連続殺人事件の裏にいる犯人をつきとめるのが目的だと、公安側から提示されているが、違うのかね?」
「若干ニュアンスが違いますけど、概ねあってます。我々が別件で追っていた人物がどうやら連続殺人事件の裏にいそうだと判明しまして」
「断定できているわけではないんだな?」
「そう。情報が無いわけじゃないけど、ちょっと少ない。だから刑事課の力を借りたい。……と、いうかそっちも調べているのならその情報を共有するのが解決最短ルートかと思って声をかけた次第です〜」
「オレはなんで呼ばれたの?」
「新一くんいたら早いでしょ?」
「いやいや。旦那連れてくりゃいーじゃん」
「その旦那を表に出さないために最短コース狙ってるのよわたしはね」
「はあ?」
「それはさておき。情報共有としてまずは捜査一課での捜査状況を報告願えますか」

本来は部下の案件ですから、わたしも詳細までは知らないんです。そうやって紗希乃さんは眉を下げて笑う。いやいや、んなわけーだろ。絶対知ってるだろアンタ。そう突っ込めるわけもなく、ニッコリを口角を上げる紗希乃さんに苦笑いするしかなかった。




捜査一課に情報共有を求めたところ、どこか腑に落ちない顔をした千葉君が応じてくれた。会議室の小さなスクリーンに映し出された数枚の写真は既に見たことがある。目新しい情報はないみたい。捜査一課から上に上がった報告の他に何か掴んでそうだと耳にして、こうして引っ張ってみたけど案外そうでもなかった?

「まずは1件目。今年の1月10日にIT企業幹部の男性が朝のジョギング中に都内の公園で死亡。死因は毒物摂取で、犯人は妻の妹。動機は家庭を顧みない態度に我慢し続ける姉を見ていられなかったと供述しています。毒物の入手ルートはネットですが、ルートの確定がとれていません」

「続いて2件目。2月16日に都内の某ホテルのカウンター前にて、とある外科医が死亡。1件目と同じく死因は毒物摂取によるもの。犯人は被害者の勤務先に勤める男性看護師で、動機は普段からの付き人のような扱いに耐え兼ねネットで手に入れた毒で毒殺をしたと証言しています」
「この件から、たまたま居合わせたオレが一緒に捜査してるんですが毒物の入手ルートがやっぱり掴めてません」
「ふむ……3件目もお願いします」
「3件目。2月22日、箱根の温泉街の路上にて、都内にある某料亭の板前が死亡。これまで同様に毒物摂取が死因です。犯人は板前見習いの男で、被害者の指導方法に不満を持ちネットで手に入れた毒で犯行に及んだとのことです」
「なるほど……3件とも、ネットの何で毒物を入手したと言ってました?」
「2件目と3件目はどっちもサイトで買ったって言ってたけど……1件目はどうです?」
「1件目もサイトで買ったと供述してるわ。それと、"誰かが教えてくれた"って言ってたわね」
「……それって、メール?それともトークアプリでした?」
「たしか、トークアプリだったと思うけど」

報告書にはネットで入手したことと、入手ルートは捜査中であることしか記載されてなかった。詳細はわかってないかと思ったけれど、情報は出てたみたい!欲しい答えが返ってきたのが嬉しくて、思わず笑ってしまった。新一くんが引いてるのは見ないふり。わたしはね、さっさと片づけたいのですよ。それができそうな道筋が見えたら喜んでしまうのも無理はないよね。

「さあ、我々は情報を提示した。そちらも報告していただけますかな」
「もちろんです!」

データをスクリーンで共有しようとジャケットからスマホを取り出すと、風見さんからのメッセージが届いていた。急ぎなら電話してくるでしょ、とメッセージを開かずに情報の入ったファイルを開く。

「先ほど任意同行を求め身柄確保したのは、都内のゲーム制作会社に勤務する35歳男性。彼にはサイバーテロの容疑が掛かっています」

容疑者の顔写真と、簡単な経歴が並ぶスクリーンを見つめる捜査一課の皆さんはとても厳しい顔つきをしていた。

「この男が毒物の売買をネットで行っていたということかね?」
「いえ。彼自身は毒物を売買していません」
「……"教えてくれた誰か"がこの男ってこと?」
「そうではないかと我々はふんでいます。特にトークアプリでやりとりをしていた可能性があるのでしたら、尚更その線が濃厚になってきました」
「紗希乃さん、その男にサイバーテロの容疑がかかった経緯を教えてくれる?」
「うん、もちろん」

もっと踏み込んだ内容のわかるデータを出そうとしたその時、風見さんから電話がかかってきた。もしやさっきのメッセージは急ぎの案件だった?うわー、見とけばよかったかな。でもどうせすぐ動けないしなあ。

「すみません、電話に出ても?」
「ああ、構わんが…」
「すぐ済ませますので、戻ったら容疑者についてわたしから説明させていただきますね」

一旦外に出よう。ブンブン唸るスマホを片手に退室しようとした。ガチャリ。そうそう、ドアノブ捻って――……ん?ガチャリ?わたし、まだノブに手をかけてない。そっと開いた扉の隙間から明るい色が視界に入ったわたしは、反射的にタックルをかますようにドアを全力で閉めていた。

「吉川?!お前、何してるんだ?!」
「いや、その、これには深い事情がっ……!」

ブンブン唸るわたしのスマホ。メリメリ軋む会議室のドアノブ。かんっぜんに対応間違えた。お願い、助けて新一くん!きっと隙間を覗けたであろう位置にいる新一くんに視線で助けを求めたのに、ものすっごい勢いで首を左右に振ってる。助けてくれてもいいじゃない!わたしが純粋なお願いを君にすることなんか今後あるかどうかもわかんないってのに!そろそろ電話かけるの諦めていいんですよ、と言いたくなるくらい電話をかけ続ける風見さんの通話に出つつ、ミシミシ動くドアノブを全力で押しとどめる。

「おねがい、たすけて、風見さんんんん」
『すまん、止められなかった。がんばれ』
「それだけですかー!ひどいー!」

もう無理。握力の限界の限界が見えたそこで、一瞬ドアノブの動きが止まった。あっ、これ油断させるやつ。わかってはいたけど、疲弊したわたしの手はまんまと釣られて、ドアノブはガチャリ。完全に開いてしまった。明るい髪色と、浅黒い肌。蒼い目は細められて、口元はゆったり微笑んでいる。……魔王がそこにいた。

「なあ、紗希乃。俺にも説明してくれないか?」
「いや、その、す、……すみませーん!」

背後で、「安室くんか」「安室さん…?」「安室さんだ」というざわめきと、当時の安室透まんまの笑顔で微笑む夫に挟まれて、救いの手にはとっくに通話を終了し、頼みの綱は見て見ぬふり。降谷紗希乃、最短最良コースを狙いに行って見事に撃沈したようです。




工藤新一初めての捜査協力C

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