憧憬/降谷零


お役目果たしに参ります


「突然お邪魔してすみません。蘭ちゃんやコナンくんが心配でどうしても会いたくって……」

オレは突然の来訪者に驚いて身動きがとれなかった。いくら電話しても出なかったその人は、"例の事件を追っている"という言葉を残して姿を一切現してなかった。安室さんも風見さんも表立って動いているっていうのに、この人の姿が少しも出てこない。裏で動いていると思ったらまさにその通りじゃねーか。その姿は見慣れたスーツなんかじゃなくって、出版社に勤めていそうなオフィスカジュアルそのものだった。

「貴女は?」
「篠原紗希乃と言います。出版社で雑誌記者をやっておりまして……。毛利さんには何度かお世話になって、蘭ちゃんやコナンくんとも仲良くさせてもらってるんです。だから、今回のことがとても心配で」
「紗希乃さん……!」

本当に心配そうに眉を下げた紗希乃さんに蘭が抱き着いている。慰めるように背中をさする彼女の足元に近づけば、しゃがんでオレに視線を合わせてきた。

「コナンくんも、大変だったね」
「……どうやって僕らがここにいるって知ったの?」
「事務所に誰もいなかったから、阿笠さんなら知っているかもって思ってね。こちらの場所を教えて頂いたの」

アポなしで訪問してごめんなさい。と頭をさげる彼女を妃先生が慌てて制止した。

「こちらこそ娘たちがお世話になっているようで……ありがとう。こんなことじゃない所で出会いたかったのだけれど」
「……そうですね」

博士に居場所を聞いたなんて嘘だ。そうだとしたら博士からオレに連絡が入るはず。一報もないのに、しれっとそんなことを言う紗希乃さんに不信感が募る。そもそもこの人は安室さん側の人間だ。それがどうしてこんなところに……オレの邪魔をしにきたのか?

「ねえ、紗希乃さん。何しに来たの?」
「ちょっとコナンくんそんな言い方はないでしょ?!」
「だって、本当に心配なのだとしても電話とかメールでいいはずだよ。それなのに、わざわざ来るなんて他に何かあるとしか思えないよ」
「紗希乃さんはわたし達のことを心配して来てくれただけで……」
「いいよ蘭ちゃん。コナンくんの言い分もわからなくもないから」

もう一度しゃがんで、オレを見つめる紗希乃さん。その瞳がやたらとギラギラして見えた。

「わたしが雑誌記者だから、毛利さんのことを面白おかしく世間に言いふらしやしないかって不安だったんだよね」
「……」
「もちろん、そんなことはしないよ。ただね、それを逆手に取るって手もあるのよ探偵さん?」
「逆手にってどういうことなの、篠原さん」
「わたしの担当している雑誌は様々な犯罪を特集している隔月雑誌なんです。鮮度は色々で昔のものから最近のものまで。メディアは面白おかしく話を膨らませていくでしょう?それを徹底的に潰して、事実だけを掲載する。そうして一般人にわかりやすく解説する。それが目的のウチなら、毛利さんの事件がどう転ぼうと真実を世の中に伝えることができます」
「それって、お父さんが無実だって雑誌で訴えるってこと?」
「そういうこと。ただ、裁判中に下手に動くと不利になるかもしれないから結果がでてからになるけど……微力ながら力になりたいなって思って」

わたしが居ちゃダメかなあ?と念を押してくる紗希乃さんと喜んでいる蘭たちの意見に反することはオレには無理だった。自分たちで容疑者にでっち上げといてこの人は何を言ってんだ?何が目的でこの場に……

「お待たせしました!検察側が申請した書類です」

橘境子が封筒を手に帰ってきたのを一瞥した紗希乃さんの視線の鋭さがいやに引っかかる。オレの視線に気づいたのか、いつもの笑顔でニッコリと笑いかけてきた。

「ええと、そちらの方は……?」
「初めまして。東都共栄出版の篠原紗希乃と申します」
「東都共栄出版……」
「毛利さんの弁護をされる方ですよね?名前を伺っても?」
「え、ええ。橘境子と申します。篠原さんは取材……ですか?」
「結果的にはそうなりますけど、蘭ちゃんやコナンくんと元々親交がありまして。心配で様子を見に来たんです」
「そうなんですか」

紗希乃さんが名乗った後に、橘境子が何やら思い至った顔をしていた。一体なんだ?紗希乃さんとは初対面っぽいし、公安の人間だと気づいてないみたいだけど何か気になることでも……。つーかそれよりも、検察側の申請書類の方が先だ!起訴が決まったと連絡があったことを妃先生に確認してから、皆でソファ席へと移動した。

「供述調書、現場鑑定書、それと現場鑑識写真ですね」
「うわ〜すごい量……」

何か手掛かりを見つけねーと……!クソ、何かないか……?!現場に、ガラス片、炭化指紋……。何か、何か……。ふと、隣りに座る紗希乃さんを見上げてみた。何やらひとつのページをじっと見つめている。辿った先にあったのは証拠の写真一覧だった。公安的配慮ってのが働いておっちゃんが起訴されたのだとしても、彼らがどこまで介入できるかなんて知らない。この証拠全てが彼らの捏造だって可能性だって拭えないわけだ。なのに、一点を見つめる紗希乃さんは、まるで初めてそれを見たかのような素振りだった。これは演技か、本当なのかどっちだ?!

「ねえ、紗希乃さん。何か気になることでもあったの?」
「ん?どうしてかな、コナンくん」
「だって、写真のある紙だけ集中して見てたから」
「……目で見るとわかりやすいなと思ってさ」
「確かに、これを見ると爆破の手口がよくわかるわね……」
「警察の捜査資料って犯罪の手引書みたいなものですよね」

手引書……。橘境子の言葉に何か引っかかるものを感じていた時だった。彼女のスマホに公判前整理手続きに関する知らせが飛び込んできた。

「明日ですね。よろしければわたしも同行しても?」
「もちろんです。紗希乃さんありがとう。味方がいてくれるって思うと少し安心できます。ね、お母さん」
「そうね……」
「帰りは送っていこうか。今日は車で来てるから」
「ごめんなさい、しばらくは母の所に泊まることにしてるんです」
「そっか。そうだよね、それがいいよ」
「あ〜〜っ、僕、博士の家に泊まるって約束しちゃったんだ!」
「コナンくんいつの間にそんな約束してたの?」
「昨日だよ!すっかり忘れてた!ねえ、紗希乃お姉さん。僕のこと博士の家まで送ってくれない?」
「もちろんいいよ。それじゃあ、コナンくんはわたしが責任をもって送り届けますね」
「お願いします、篠原さん。コナンくん、いい子にするのよ」
「はーい!妃先生、蘭姉ちゃん、境子先生また明日ね!」

充電中だったスマホを持って、紗希乃さんを追いかける。東都共栄出版所と車体に書いてある車の前に辿り着いた彼女から少し離れたところで立ち止まった。

「そんなに警戒しないでほしいな。本当に阿笠さんの家まで送り届けるからさ」
「博士の家に行ったなんて嘘でしょ」
「どうだろう。行ったことあるよ、これは本当」
「……なんでおっちゃんを……」
「どうしてかって?」

動かないオレをそのままに、紗希乃さんは車に乗り込んでエンジンをかけた。窓を開けて、運転席のドアを閉めた彼女は助手席を指さす。

「はい乗って。それでさ、探偵なんだもん、それくらい自分で解き明かしてごらん」

わざとらしく首を傾げて、「ね?」と念を押される。本当に安室さんといい部下といい良い根性してんじゃねーか。助手席に乗り込み、目一杯の力でドアを閉めた。余裕しゃくしゃくで気に入らない。だけど、何か理由はある。何もなくてはこの人たちは動かないし、むやみやたらに被害を拡大させることもしないはず。押しても引いても上手くボロを出してくれないこの人たちを相手にするのは大変だけど、そうも言ってられねぇ。

「ぜってー解き明かしてやっからな!」
「ふふ、待ってまーす」




お役目果たしに参ります

←backnext→





- ナノ -