憧憬/降谷零


明日を必ず手に入れたい


「2291の動きに不審な点は今の所ありませんっと……」

出版社にある会議室内にて一人、降谷さんへの本日の報告を簡単に済ませた。現状2291に関してはあまり不審な点はみられない。突然現れた私に不信感を抱いているようだったけど、今後それを消せるかどうかかな……。それか私に対しての動きで何かボロがでるかもしれない。出版社に戻り、羽場の件をもう一度探ってみたけれど結果は同じだった。上の人間が降谷さんなら今動いてこちらが得することはなさそうだしなあ。

『コナンくん、明日は気を付けてくるのよ。博士によろしくね』
『はーい!ありがとう蘭姉ちゃん!』

スマホの画面が揺れる。真っ暗だった画面に、小さくため息をついたコナンくんの表情が写っていた。あれからコナンくんのことを阿笠博士の所に送り届けてあげたのに、結局泊まりもせずに彼はスケボーに乗って動き出した。行きたいところがあったら元からそっちに送り届けたのにね。今は降谷さんがポアロに顔を出してるので、私が代わりにコナンくんの様子をリアルタイムで探っている。コナンくんはポケットにスマホをしまって、時折止まりながら移動を続けていた。さっきの蘭ちゃんからの電話に出た後に、「止まった……?」と呟いたのが聞こえる。

「何を追ってるのかな……」

尾行の動きに近いのは間違いない。スケボーでそれなりのスピードで追いかけているということは対象は徒歩ではないし、自転車でもなさそう。GPSの軌道を辿るなら電車はない。だったらバイクか車……。相手が止まったことに気づいたのか、さっきよりも移動する速度が上がる。ちょっとあんまり早過ぎたらとっ捕まえるぞコナンくん。

「コスドコ?」

コナンくんのGPSが会員制スーパーで止まった。スマホはそのままに、念のためパソコンで開いた地図とコナンくんのGPSの位置を照合すると合致してる。マップ上に道はなくても、店舗内に入ればGPSのピンは移動するし、何より音声はそのまま拾い続けているのだから店舗に入ればすぐわかる。なのに、ピンの動きが止まりスーパーのBGMも騒がしさも何も聞こえない。……何をしてるんだろう。コナンくんに電話をかけてスマホをポケットから動かすしかないかな……

『降谷さん、なぜ事件にすることにこだわるんです』
『事故で処理されれば令状ひとつ取れなくなる』

えっ。いつも使っている降谷さんの位置情報を確認すれば、今まさにコナンくんがいるコスドコのど真ん中にピンがささってた。おいおいまさかコナンくんやってくれちゃった?コナンくんが盗聴していることに気付いていない降谷さんと風見さんが尚も会話を続けている。まあ、聞かれないことが一番なんだけどコナンくんに漏れたところでどうにかなるレベルの会話はしてなさそうだけど……。

「にしても、……どっちにつけた?」

コナンくんのスマホの充電がきれて、追えてない時間があったし、その間に降谷さんは彼を煽りに行って、風見さんは報告の為に合流してる。どっちもコナンくんが直接接触できるタイミングがあったわけだ。時間で言う接触の機会は降谷さんのが多いわけだけど……。

『自ら行った違法な作業は、自らカタをつける。それが公安だからな』

コナンくんは盗聴をやめたらしく再び動き出した。ルート的には探偵事務所の方に戻っているから流し見で良いとして……問題はこっちだ。聞いた感じは風見さんの方がハッキリ聞こえた気がするからおそらくついてるのは風見さんだけど。先ほどの盗聴部分の音声ログを引っぱり、音量の波形を見てみたらやっぱり風見さんの方が山が大きい。より盗聴器に近いのは風見さんってことね。ただ、わかっていてつけてる場合もあるけど……うーん……風見さんはコナンくんとどの程度接触してるんだろ。そこまでは降谷さんに確認してなかったな。ひとまず降谷さんにこの抜粋した音声ログを報告しようか。やっぱりコナンくんはコスドコからの最短帰宅ルートを辿っているからこのまま今日の張り込みはおしまいかな。

「うげっ、明日の風見さん捜査会議出席じゃない……?」

早いとこ降谷さんに報告して指示を仰ごう。

*

『俺だ』
「お疲れ様です、ポアロは大丈夫ですか?」
『あぁ、買い出しも終えたし今は誰もいない。念のためボディチェックもしたよ』
「ということは降谷さんではないと。風見さんに盗聴器がつけられていたこともご存じじゃなかったわけですね」
『そうだ。盗聴されていた箇所はあそこだけか?』
「ええ。前に捜査した時の盗聴器と同レベルだとすればリアルタイムでの盗聴はできても、それ以外の盗聴ログを保存する媒体は内包されていないかと」

蘭ちゃんたちといた時も私が車で送った時も盗聴している様子はなかった。盗聴後に帰ってからも誰かが別の場所でずっとリアルタイムの観測をしている様子もない。会議室でぬるくなったコーヒーを飲みながら、スマホ越しに降谷さんへ返事をする。

『明日の公判前整理手続には同行するのか』
「その予定です。私がコナンくんの側にいれば盗聴はできないでしょうね」
『2291と接触予定だ。それまで2291の動向を見ながらコナンくんの行動を制御しておいてくれ』
「了解しました。盗聴器の回収はいつに?」
『そうだな……捜査会議を利用しよう』
「利用?」
『コナンくんに情報を流すルートなんだが、向こうもバタついてるからな捜査一課だけで通していると時間がかかりそうなんだ』
「なるほど。捜査会議も盗聴させるわけですね」
『あぁ。明日は身体が空いてるから俺が頃合いを見て会議中の風見に召集をかける』
「だったら私は会議の前にコナンくんの前から離れてた方が良さそうです?」
『その方がスムーズだろうな』
「では公判前整理手続の後に一度監視を離脱します」
『そうしてくれ』

報告と明日の打ち合わせはこれでよし。念のために一度起動した盗聴アプリもなんの動きもない。深夜だし、コナンくんなら寝てるか……。

「降谷さん今どちらにいますか」
『今?』
「ええ、今です。今どこにいらっしゃいます?」
『……』
「帰って少しでも休んでくれませんか」
『俺の位置を把握してるということは吉川もまだ動いているだろ』
「私は出版社で会議室を借りてふかふかの良い椅子で毛布もかけて休んでますよ」
『……こっちだって座って、何なら背もたれも倒して休んでるよ』
「車で眠るのよくないですって」
『眠ろうとしてないお前に言われたくないな』
「ぐっ……とにかく!長丁場の要は貴方なんですから休める時には休んでください!」
『少し仮眠をとって調べものをしたら朝に一度帰るよ』
「だったら今すぐ帰ってくださいってば〜〜」

休む休まないの言い争いはどっちもどっちで勝ち負けの落としどころが難しい。調べもの……そういえば羽場の件、どうしようか。降谷さんの所で情報がストップしてるのか、もっと上が動いていて降谷さんは知らないか……。後者だとしたら、やっぱり今は触れないでおきたいな。腕時計を見たら日付なんてとっくに跨いでいて、気付いた途端に眠たくなってきた。

『明日も頼んだ』
「はい、降谷さんもよろしくお願いしますね」





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