憧憬/降谷零


絡まる思考を振りほどけ


警視庁にある駐車場内。車体に東都共栄出版とロゴが印字された車の中で、運転席の座席を少し倒し、スマホをいじる振りをしながら耳に挿したままのワイヤレスイヤホンから聞こえる音に集中する。

『僕は毛利先生が心配で差し入れを持ってきただけだよ』

よくその口で言うなあ、はは。きっとわっるい顔をしながらコナンくんを煽っているだろう上司を思い浮かべて苦笑いが止まらない。毛利探偵事務所の捜査中に風見さんがコナンくんのスマホに盗聴用のアプリをいれておいた。もちろん違法に違いないのだけど、これは我々の手段のひとつなのでしょうがない。対象になってしまってコナンくんは可哀そうだけれど、わたしたちからしてみればツイいている。だってとっても強力な助っ人だもん。まあ、まだ手助けしてくれる段階までこぎつけてはいないけど。

あのアプリは常時起動しているためスマホの充電を消費しやすい。思いのほか早く落ちてしまったから早々に接触を図ろうとしたところでコナンくんは警視庁へと入って行ってしまった。ここでわたしが出向くのはあんまり良くないんだよね。というのも先日の東都水族館の事件の際に警視庁の何名かにはわたしの所属を伝えてる。あくまで出版社の人間として接触を図りたいところなので、結局出てくるのを待つことになった。そんな折り、ワイヤレスマイクから通信を知らせるアラーム音がピピっと聞こえた。

『俺が煽ってくるから聞きたいならこっちに繋げろ』

言うだけ言ってブツリ。そんな直接的な言い方しなくても……と思ったのは数十分前。案の定降谷さんはコナンくんを煽りに煽りまくっていた。バーボンの時もそうだけど、こういうの本当得意だよねぇこの人。この技を習得できたら今後の仕事が楽になりそうだなんて思いながら降谷さんの持つ盗聴器の回線へと繋いでいる。

斜め向かいの空いていた場所に一台の車両が駐車した。見慣れた黒のそれから降りてきたのは想像した通りの人で、こちらに気づいたのかチラリと視線を寄越してからスタスタと警視庁へと歩いていく。いってらっしゃい〜と内心手を振りながら、スマホの画面へと視線を戻した。ちょうど届いた、出版社に所属している部下からのメッセージには「収穫ナシ」とだけ記されていてため息が止まらない。送り主にもうちょっと探るよう返信すれば、見返りを求められた。アンタらもそこそこ給料もらってんだからしっかり仕事しなさいよね。返信せずに放っておけば、次いで送られてきたのは「上に喧嘩売るって言うなら見返りくらい貰わないと」とのことだった。上……上ねぇ。どこまで上なのかにもよるけど。そもそもあの事件はそんなに上の人間が絡むものじゃなかったはずだ。それこそ、事件が終わった後には少し絡んだけれど、何ともあっさりした終結だったと肩透かしにあったくらい。……いや、あっさりしすぎてたのかもしれないな。上がうるさくないわけがない。

『送検されたら原則身柄は拘置所へ行く。安室さんが知らないはずがないよね』
『へえ。そうなんだ。君は相変わらず物知りだね』

そうだ。降谷さんが知らないはずがない。だって、降谷さんはあの事件に関わった重要人物の一人だ。てことは答えは簡単。降谷さんが何かしらあのデータに細工をしたんでしょう。じゃあ、何のために?ファイルの総数が減ってるってことは単純に考えて何かの情報をカットしたんだろう。全体を読み返してみて、最低限の記録はすべて残っていた。ならば、事件直後にはもうすこし踏み込んだ記載がされているファイルがあったはず。そして、わたしの記憶違いでなければそれはきっと……

「羽場二三一の死因に関すること、かな」

羽場は自殺。そう追い込んだのは降谷さん。それを信じられなくて、その事件のファイルを読み込んだのが1年前。情報操作が必要な状況だったと仮定して考えられるのは何だろう。羽場を自殺に追い込んだのは降谷さんじゃなかった?それか、降谷さん以外に誰かいた?それとも、

「……生きてたりして」

はっはっは、何言ってんだろう。あの時わたしは遺体を………見てないな。そういえば処理は誰が行った?公安部の人間を使ったのかもしれないけれど、わたしも風見さんもあの件の最後の方には全く関与してない。これはもしや、もしかするのかもしれない。スマホの画面に指を滑らせ、「至急」と件名にいれたメールを作成する。調べてほしい項目を書き連ねて送信したところでワイヤレスイヤホンから聞こえた降谷さんと風見さんのやりとりに顔を引き締めた。顔見知りに会う前に一度警視庁から離れよう。エンジンをかけて、ゆっくりと発車する。駐車場を後にする前に、警視庁から出てきた降谷さんとすれ違った。僅かな時間で合う視線に、これからのことを想像する。切り出すか、切り出さないか。今優先すべきはもちろんテロの捜査ではある。ただ、2291は正式には風見さんの協力者だ。それを見ていろ、なんて指示が出るのには訳があるはず。裏切るかどうかなんて風見さんが管理すればいいだけの話だもの。それをわたしに指示を出すってことは、他の懸念材料があるということで……



妃法律事務所の近くにある有料駐車場に入り、待つこと数十分。ザザザ……とノイズと共に聞こえてきた音に集中する。

『で、なんで電話くれたの?』
『もうすぐ事件の資料が届くの』

GPSの位置も妃法律事務所内で間違いない。資料はさっき風見さんから送られてきたものに既に目を通してある。彼らが資料を読んでから接触するのも手だけど、行くなら今かな。降谷さんのスマホに「出動します」とだけ送信し、妃法律事務所へと向かうことにした。





絡まる思考を振りほどけ

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