憧憬/降谷零


道化師同士の手品ショー


蘭ちゃん園子ちゃんの恋バナにおされながらも昼食を食べて、煙草でも吸いに行くかと思った時だった。何かが倒れる様な音がした部屋の扉が開かないという話から始まり、降谷さんのピッキングで開けた扉の向こうには死体が転がっていた、なんてミステリー小説のような密室殺人事件が起きた。

「怪盗キッドみたいな安室さんはどうお考えですか?」

降谷さんのピッキング技術を見た園子ちゃんの怪盗キッドみたい!という言葉は結構わたしにヒットした。あの真っ白い衣装を降谷さんが着たらどうなるのかな。モノクル似合うよねきっと!そんなひいひい笑いながら余計なことを考えてることはバレバレだったみたいで、ちょっとだけ呆れた顔をされた。それから、ニヤリ。何かを楽しいことを見つけたような表情で降谷さんはわたしにこっそりと耳打ちをしてきた。

「面白いものが見れるかもしれない」

面白いもの?かもしれないっていってことはこれから起こることなのか。ちらりと周りのようすを流し見る。到着した警察と、毛利探偵。死体の傍には鑑識が数名。そしてその横には……

「コナンくん?」
「なっ、なーに?紗希乃姉ちゃん」
「怖くないの、そんなとこにいて」

死体を目の前に考えこんでいる様子のコナンくんは怖がってる様子が少しもない。そういえば第一発見者も彼だったな。「え〜っと…」と焦った様子だったのが一転、フッと真顔になった。

「紗希乃姉ちゃんこそ怖くないの?」
「仕事で見ることもあるからね」
「ふーん。てっきり強盗とかそういう事件ばっかり追ってるんだと思ってたよ」
「そうねえ。色々と、だよ」

知らなかったなあ、と言うコナンくんはまるで何かを隠すように笑っていた。面白いのが見れるってこういうことなら趣味悪いですって降谷さん。探るような視線と、隠しているような笑顔。ほんとに子供じゃないみたい。もし本当に子供じゃなかったら…なんてありもしないことを考えちゃう。ひとまずコナンくんから離れて、推理を始めた探偵たちの輪からも外れた。わたしは推理するつもりもないし、これはわたしの仕事じゃない。何より…下手に動くとあの少年にへたな疑いをかけられてしまいそう。ひっそりと再び壁になるよう後ろの方で大人しく立っておくことにした。


*

事件が解決しても楽しくテニスをするような気分ではなくなってしまった。また別の機会にでも、ということで解散することになって毛利探偵一行と別れる。今度お茶でもしましょうと笑う蘭ちゃんたちとは違って、別れ際のコナンくんはやっぱり鋭い目線をこちらに投げかけてきていた。これは降谷さんとわたしのどっちに向けた目線なんだろ。

「わたし探られてるみたいなんですけど」
「面白い子だろう?」
「面白いっていうよりこわいですよあの子」

物知りだとかのラインを軽々と飛び越えて、大人を誘導して推理を操ってた。あの小さな身体にどれくらいの知識と考えが詰まってるのかな。彼の脳内では降谷さんをどう認識してるんだろう。それに付随してわたしの認識も変わってくるだろうし。ちょっと聞いてみたい気もする。けど、それで今後この人の道において邪魔になっても困るなあ。

すっかり暗くなった道路をひたすら進んでいく白は傍目にみたらきっととても目立つだろう。黒の中の白。組織に潜む降谷さん。この人が目立たない訳が無いよね。それならただ目についたってところ止まりかも。組織のことでコナンくんが降谷さんに目をつけているとまだ決まったわけじゃない。

「そんなに見つめてどうした」
「えっ、いやぁ…ちょっと考え事を…」
「お前はいつも考え事ばかりだな。そんなんじゃ後ろから刺されても文句は言えないぞ」
「自分の身くらい守れますよ」
「そうでなくちゃ困る」
「……自分で自分を守れないくらい未熟だから、わたしは仲間はずれですもんね」

その考え自体が未熟ってことですけど。と申し訳程度に付け足して窓ガラスの向こうを眺める。それでも窓ガラスは向こう側を映してなんかくれない。真っ暗で車内を反射して映すガラスから、困ったように小さくため息をつく降谷さんの横顔が見えた。

「未熟なのはお前じゃないよ」

そう呟く降谷さんの横顔に真意を問いたいのに、運悪く組織の人間からの通信が入る。「事件は解決しましたよ」と伝える降谷さんの表情はさっきとはまるで別人だった。隣りに誰かが乗っている、そう気付かれないように息をひそめた。この人、いまは組織の女と手を組んでるんだっけ。ってことはその女か。なんだよ女と電話してんですか。なんて一方的な嫉妬心が胸の中でグルグル渦巻いてる。あーもうほんとむり。だめ。別にそういうんじゃないってわかってるけど嫌だ。降谷さんの隣りには誰も居てほしくない。けど、わたしも居れない。わたしは隣りじゃなくて、後ろや下から支えるの。部下として支えていかなくちゃいけないんだ。わたしの憧れた人がちゃんとそこにいてくれるように。

今日はなんか嫉妬してばかりだなあ。気が滅入るのを見ないふりをして目を瞑る。どうせわたしに聞かせないようにしてるし、聞いたところで無意味な情報だ。眠ろう。わたしの家の近くまでまだまだ先なんだし。




道化師同士の手品ショー

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