憧憬/降谷零


壁に紛れて拍手をしよう


コナンくんを近くの別荘に運び、医者に診てもらった。予測通り軽い脳震盪だったので、後に響かないようコナンくんを休ませることになった。彼を心配している大人たちはやっと一息ついたようにそれぞれ小さな溜息をもらしていた。

「そういえばこちらの女性は一体」
「安室さんのお知り合いですか?」
「も、もしや彼女……?!」

そういえば自己紹介をしていなかった気がする。わたしは一方的に彼らを知っているけれど、コナンくんの怪我の一件で名乗り出るタイミングは綺麗に流れ去ってたもんだから普通に後ろの壁と同化してた。目立たないように降谷さんの後ろをキープしてこそこそ壁に扮してた。

「僕の友人です。仕事の休みが被ったのでせっかくならと誘ったんですよ」
「篠原紗希乃です。安室さんから皆さんの話はよく聞いています。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「いやそんな。さっきもコナンくんの怪我をすぐ見てくださってありがとうございます!」
「いえいえ…何もできずじまいでしたので…!」
「篠原さんは医療でもかじってたんですか?」
「ほんの少しですね。専門的に学んでいたわけでもないのであくまで応急処置程度のことしかできませんけど」
「それでもすごかったですよ!」

女子高生にすごいすごいと詰め寄って来られる経験はなかったもので、二人の可愛い女の子に高い声で褒められて思わずたじろいだ。ど、どうも…と苦し紛れのお礼を言うとおかかしくてしょうがない様子の降谷さんに笑われる。たっ、助けて!助けを求めるように視線を送るも、降谷さんには笑って流された。

「この子、あんまり友達いないのでお二人に仲良くしてもらえると嬉しいです」
「なっ…友達いないわけじゃないですよ!」
「あれ、いたのかい。休みに遊ぶような友達が?」

公安に配属されてから仕事の忙しさを言い訳に友人たちとはだんだん疎遠になっていた。たまに会えば十分会ったと思えるくらい全然遊んでない。降谷さん、いや、安室さんの本当に驚いているようなとぼけた表情に悔しいが反論できなかった。くそう、まるでぼっちみたいじゃない。

「むしろこっちこそお友だちになりたいです!色んなお話してみたい!」

毛利探偵の娘さんはとってもいい子みたい。「そういえばコナンくんともお話してたみたいですけど…」と言う言葉に「この前ちょっと知り合ってねー」と曖昧に誤魔化した。降谷さんの肩が笑っているせいで揺れてるのが視界に入る。もう、さっきから何を楽しんで笑ってるんだ。


*

「さっきは友人って言ってましたけどウソつかなくてもわかっちゃってますよ!」
「そ、園子ちゃん?」

冷やし中華のキュウリを切りながら園子ちゃんがニヤリと笑う。ちょ、包丁あぶないって。あわてて蘭ちゃんが止めるも、「蘭だって気付いてるでしょ〜」と問いかけた。

「お二人は恋人同士なんですよね?」
「ちがうよ〜。ただの知り合いです」
「安室さんが連れてくるくらいだもの向こうはそう思ってないかも!」

いやただの上司だからね。言えたらスッキリするけれど、なんとか喉元で丸めて飲み込んだ。降谷さんがわたしをどうこう思って誘ったってよりも、降谷さんに憧れてるわたしをいじるために誘ったとしか思えない。絶対そうだ。上司の権限をちらつかせてたもん。

「普段の安室さんってどんな感じなんですか?」
「普段、かあ……どうだろ、見たまんまかな」
「ええっ、やっぱり二人きりだと変わるもんじゃありません?」
「そうは言っても恋人同士じゃないからね。どちらかと言うとそっけないかもしれない」
「あの優しい安室さんが?」
「うん。あの優しい安室さんがね」
「へえ〜以外!もっとベッタベタに甘やかしたりするんだと思ってた!」
「だから付き合ってるわけでもないし、ドライだよ」
「でもでも!それって素を出せる相手ってことじゃないですか?」
「きゃー!絶対そうよ!」

二人で盛り上がってるところ悪いけど別にそういうわけじゃないってば。降谷さんよりはこの子たちと歳が近いけれど、それでもやっぱり若い子にはついていけない気がしてならない。こんなわたしだって高校時代は恋バナばっかりしてた。半分は妄想だったけど。

「どう?仲良くなれた?」

まるで狙ったかのようなタイミングで現れた降谷さんを思わずじっとり見てしまう。二人は相変わらずきゃあきゃあ騒いでいた。





壁に紛れて拍手をしよう

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