憂き世に愛はあるかしら
憂き世に愛はあるかしら




見渡すほどの向日葵畑は半分くらい刈り取られて、ちくちくとげとげした茎の畑の奥には未だ咲き誇っている向日葵たちがいた。それでも今日はもうおしまい。だって、空にはもう星たちが昇ってきてる。残りは明日に持ち越そう。

「星を眺めながら食べるご飯はどうかな、ニノマエくん」
「うん、ウマいよ。さすがたこ焼き鍋だね」
「星関係ないね」
「別に星を可愛がる趣味はないもんねー」

あちあち。小さな声でそう言いながらぐつぐつ煮える鍋から直接たこ焼きを取り出して食べている。そんな危ないことしなきゃいいのに。畑の前にあるベンチにカセットコンロと土鍋を持ってきて、適当な具材を入れて鍋にした。うん。外でご飯も悪くない。

「夜はちょっと冷えるね。秋みたい」
「んー。秋になるのかもね」
「なにそれ曖昧」
「うん。曖昧」

向日葵を植えたのはわたしの趣味だし。別に夏だから植えたわけじゃない。向日葵の種が欲しいなあと思って植えただけだった。まあ、結構育ってくれちゃったけど。

「次はラベンダーを植えるよ」
「秋に育つの?」
「育つよ」
「……ラベンダーって、春に家族で北海道に見に行ったことあるんだけど」
「そうだね。5月か6月くらいに咲く花だよね。でも咲くよ」
「なんでわかるの?寒くて、枯れるかもしれないじゃん」
「わたしがたっぷり愛してあげたら、応えてくれるの」

意味わかんない、と唇を尖らせてニノマエくんはまたたこ焼きを頬張った。ラベンダーだけじゃジャムにできないから、何か果物も植えなくちゃなあ。この前は桃をベースにしたけど…今回も同じでいっか。桃も植えちゃおう。まだ刈り終えてない向日葵の生えてるとこ辺りに桃の木を植えとこ。うーん。たこ焼きはやっぱり美味しい。でも鍋じゃなくてもいい気もする。

「ねえ、たこ焼きって鍋じゃなくてもよくないかなあ」
「普通に食べたんじゃ物足りないでしょ」
「銀●こみたいにバリエーション増やせばいくらでもいけそう」
「さっぱりなんちゃらってのは僕、認めないよ」
「なにそれ、そんな味出てた?わたし死んだ後に出たやつならわかんないや」
「食べなくていいよ。食べたらハゲがうつるから」
「こわー。さすがにはげたくないよわたし」

何てことない会話を続けてるけど、ニノマエくんは何を考えてるんだろう。またお姉さんのことでも考えてんのかな。真っ黒い服を着たニノマエくんはこのまま暗闇に消えてもおかしくなさそう。鍋の隣りに置かれたランプのぼんやりした灯りだけじゃ、消えかけたように見えるニノマエくんを繋ぎとめておけない気がした。

あれ?そもそもどうして繋ぎ止めなくちゃいけないんだろう。

うーんうん。唸ってみても答えは出ない。もぐもぐもぐもぐ。たこ焼きを頬張ってみても何にも出て来ない。

「ニノマエくんニノマエくん」
「なーに、紗希乃ちゃん」
「あのね、べつに深い意味はないんだけどさ、……月が綺麗ですね」
「うん。生きてた頃より大きく見える気がする!こっちの方がかっこいいよね」
「……うん」
「どうしたの?」
「んーん。どうしたいんだろうなあ」

とりあえず、本来の意味は通じてない。けど、別にいっか。答えとかそういうのって必要ない。この、するする流れていく日々にはいらないんだ。はやいとこ自分の取り分を取らなくちゃ、大食らいのニノマエくんにぺろりと食べられちゃう。彼はわたしと違って、たこ焼き鍋の他に白米も食べてる。よく入るなあ。

「って、ニノマエくん。ご飯にお箸を差したらだめよ。縁起悪いって」

死んで縁起もくそもないかもしれない。だけど、見た目もよくない。ご飯に箸を突き刺したニノマエくんは目を見開いていた。瞳孔が開いて、何かに気付いたような、驚いた顔をしていた。

「ニノマエくん?」

ご飯の茶碗をベンチに置いて、立ち上がる。そのまま彼は空を見上げた。

「紗希乃ちゃん」
「うん」
「僕、当麻陽太だった」
「知ってるよ?」
「……それで、呼ばれたんだ」
「呼ばれた?」

瞬きをしてないんじゃないかってくらい目を開いて、空を見上げたニノマエくんは、瞳孔の開いた目のままわたしの方へ顔をおろした。

「行ってきます、紗希乃ちゃん」

ふわりと、彼の頭上に掌が降ってきた。掌だけで、腕も、体もどこにもない。その掌は、ニノマエくんの頭を掴んでいく。ぐいっと、引っ張られたニノマエくんの体はゆっくりと上に昇っていった。さっきまでお箸を握っていた右手の指がパチン。鳴ったかと思ったら、そこにニノマエくんの姿はどこにもなかった。

「い、いってらっしゃい……?」

彼はどこ行ったんだ。っていうか帰ってくるの?色んな疑問はたこ焼き鍋と、刈り取った向日葵の山と共にわたしの傍にいるだけだった。



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