憂き世に愛はあるかしら
憂き世に愛はあるかしら




『夢をみるんだよ』

それは、きっと白昼夢。なんてことのない顔をして紗希乃ちゃんはいつだか教えてくれた。僕がこっちの世界にきてどれくらいたったかわからないけど、あれ?知らなかったっけ?みたいなノリで教えてくれたこと。夢だけど夢じゃない。フィクションじゃなくてノンフィクション。現実で起きていることを夢で見ている。だから、僕の大切な姉ちゃんは病院で眠っていたし、その相棒は目が見えなくなって包帯グルグル巻き。いくら人の何倍ものスピードで生きてた僕よりも効かないって言ったって毒は毒だしね。なんて思いながら、こっちで暮らしてた。見ようと思ったら、何故だか見える。僕がいなくても回り続ける世界を見ることが出来る。不思議な気分だった。姉ちゃんの記憶をまたいじってるあの男の姿が見えた時、今すぐにでも殺してやろうかと思った。もし、僕があの時死ななかったとして、姉ちゃんを助けることができてたらどうなんだろう。できるわけないのに、そんな思いがおっきくなって、見ても無駄な世界を見ることに心奪われていった。


向こうとこっちじゃ時間の進み方が全然違っていて、向こうが遅いのかこっちが早いのか必ずどこかで辻褄を合わせるように夢が醒める。突然ぶちりと途切れてまた始まる夢の合間には、紗希乃ちゃんとお喋りをして、彼女の作るご飯を食べて、お花の手入れをする彼女を眺めていた。出会ってからいくら経ったんだろ。思い返してもわかんない。紗希乃ちゃんは日によって僕の名前を呼び変える。陽太くんって呼ぶ時もあれば、ニノマエくんって呼ぶ時もある。その日の気分みたい。確かに僕は陽太だしニノマエだった。……正直、どっちが本当の僕なのかわかったもんじゃないけど紗希乃ちゃんはどっちも使ってるし、それでいいのかもしれないと思ってる。

あいつが、姉ちゃんを殺そうとしているところで夢が途切れた。許せない。あいつ、どんなに姉ちゃんの記憶をいじろうと瀬文さんの記憶をいじろうと大目にみてやってきたのに、それなのに、なのに!ぶっ殺す。そう思ったのに、できない。僕は降りていけない。僕の意識の一部は確かに姉ちゃんの傍にいるのに、大元の僕はどうしてもいけなかった。ねえ、お願いだ、どうにかして僕にあいつを殺す方法を誰かくれよ。久々に訪れた衝動に駆られて、暴れそうになった。本当はもっと暴れられた。ぐっちゃぐちゃに壊して、潰して、めちゃくちゃにできたんだ。それでも思いとどまったのは、怯えたように笑う紗希乃ちゃんがそこにいたから。

『向日葵を集めるよ』

なんで今。そう思うけど、紗希乃ちゃんについていく。お互いひどい顔をしてるのはわかってた。彼女は辛そうな顔で無理やり笑って、僕はきっと泣きそうな顔でぶすくれてる。いつもみたいな軽いやり取りをしながら、ひたすら向日葵を刈っていく。後半は、お互いに無言で刈っていた。あんまり静かで、見たい夢も見れなくて、僕はいつのまにか泣きながら太くて立派な茎をもつ向日葵を鎌で何度も何度も切りつけた。泣きながら振り回したんじゃうまく切れるわけない。僕が立ち止まっている間も紗希乃ちゃんは黙々と向日葵を刈り取っていた。

日も暮れて、畑の半分くらいは刈り取った後、『外で食べようか』と持ってきた土鍋にはたこ焼きが入っていて、僕の嫌いな野菜も入ってた。向日葵を刈って疲れたのか、泣き疲れたのか、なんだかぼーっとしてた。紗希乃ちゃんと普通に会話できているし、互いにもう辛い顔はしてなかった。そしてやっぱり夢は見えない。たこ焼きうまいなあ、紗希乃ちゃんて料理上手だよな。なんて思ったその時、見ようと思ったわけじゃないのに、脳裏にとある場面が浮かび上がった。そして頭の中で木霊する声。

「きて、陽太!」

呼ばれた。姉ちゃんに。そうだ、僕は陽太だ。当麻陽太でいいんだ。どっちが僕かなんてどうでもいいんだ。僕は当麻陽太だったんだ。そして、すっかり忘れてた。僕が死んだということは『呼ばれたら』行けるんだ。なんで思いつかなかったんだろう。胸の奥がぞくぞくする。きっともうすぐ迎えがくる。引っ張り上げられる前に時を止めて、さっさと下に降りてやろう。それが一番手っ取り早い。それでケリをつけてやる。

行ってきます、紗希乃ちゃん。ちゃんと帰ってくるから、待っててね。

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