憂き世に愛はあるかしら
憂き世に愛はあるかしら




「紗希乃ちゃん!!」

ドタバタと駆けてくる陽太くんを見てぎょっとした。一応腰にタオルは巻いてるけど、ほぼ素っ裸でリビングへ向かってくる。

「よっ、陽太くん?!すっごい濡れてる、っていうかまだ泡もついてるじゃん!」

掃除するの誰だと思ってるのよ!と外から回収してきた乾きたてのバスタオルを投げつけるように陽太くんへ渡す。適当にがさがさ身体を拭いた彼は、肩にそれをかけたかと思うとわたしを無理やりソファへ座らせて自分も隣りへ座った。

「聞いて、紗希乃ちゃん。ビッグニュースだ!わかったんだよ!」
「わかったって?」
「この前の、僕のニセモノの正体だよ!」
「ああ、だいぶ前に出て来た偽ニノマエくんだね?」
「それ!」

答えがわかるのに大分時間がかかったけど、と話す陽太くんは嬉しそうにしてる。たしかに、偽物が出てきたって騒いでたのは大分前。現世と冥界の時の流れが違うのはそうなんだけど、思ったより長かったなあなんて思った。こんなに喜んでるってことは正体がわかって解決できたのかなあ。

「僕のDNAが勝手に採取されて、クローンを作る材料にされてたみたいなんだ」
「く、クローン?なんかSF映画みたいな展開だね」
「本当にSFもいいとこだよ。よりにもよって僕の悪いとこだけ再現されてるんだからさ」
「それで、クローンニノマエはどうなったの?」
「姉ちゃんがやっつけた!姉ちゃん、最後まで僕じゃないって信じてくれた。死んだってわかっててもあれだけソックリだったら僕が生き返ったのかもって騙されそうなもんだけど、ちゃんと信じてくれたんだ」

アイツも姉ちゃんって呼んでたけど、姉ちゃんの本当の弟は僕だけだから。とシスコンばりばりの陽太くんに思わず笑っちゃう。「馬鹿にしたな?」なんて口を尖らせてるけど、嬉しさを隠しきれてない陽太くんを久しぶりに見れたら笑いが止まらないのなんて当たり前だよ。

「陽太くんは人気者ですね?」
「そりゃー、僕のSPECは有能だからね。例えば……」
「例えば?」
「こんな風にさ、」

パチン

時が止まるとかそんな感覚なんて一切わかるわけない。瞬きだって無意識でやってるのに、その最中に目の前の状況が変わったら驚いて声すら出せないって。指を鳴らした半裸の陽太くんが気がつけば洋服を着込んでいて、タオルは洗濯カゴにいれてあった。

「びっくりした?」
「びっくりしない人の方がいないよ!」
「姉ちゃんはあんまり驚かないんだよ、つまんないよね。紗希乃ちゃんくらい驚いてくれたら面白いのにさ」

姉ちゃんに教えてやりたい、と笑う陽太くんのほっぺたを抓ってみる。人が驚いてるのを楽しむなんて悪趣味なんだからね!

「着替えは満点だけど、髪の毛が乾ききってないから不合格だなあ」
「えっ、何の判定なのそれ?!」

何て事のない日々に時々衝撃の事実が現れるけれど、どれもわたしたちの手の届く範囲の外のこと。やきもきしても、わたしたちはこれからも眺めて祈ることしかできない。だから、祈りがすこしでも多く通じてくれたら嬉しいな。わたしたちの大切な誰かが少しでも心健やかに生き続けてくれることをこっちの世界にいる人はみんな思ってるんだからね。

「お姉さん、信じてくれてよかったね」
「うん!」
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