憂き世に愛はあるかしら
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姉ちゃんが呼んだら僕はきっとそっちへ行くよ

こないだ僕がそう言ったら、紗希乃ちゃんはとっても心配そうに「ちゃんと帰ってきてね」って言っていた。それからすこし経った今、特に言葉にされたわけじゃないけど彼女のもつ雰囲気でわかったことは僕が今も夢を追い続けてるんじゃないかって心配されてることだった。

「僕、もうそんなに見てないよ」
「そんなにって」

や、だってさ。見ようと思ってなくても見える時があるって君も言ってたじゃん。前は姉ちゃんを守りたいって気持ちが強くて自分から見ようと意識してた。だけど、今はべつにそういう訳じゃない。それでもちょくちょく僕の脳裏によぎるのは、餃子が好きでふらふらしてる姉の姿だった。

「前から思ってたけど、陽太くんってシスコンの素質あるよね」
「それって喜んでいいの?確かに姉ちゃん好きだけど」
「うん。立派なシスコンさんだよ」

立派かぁ。笑顔で言われたらすっげーいいヤツみたく思えてくるけどシスコンだからね。別に褒め言葉じゃないからね。それでも悪くないって思えるのは、姉ちゃんと僕の繋がりが僕一人で思い込んだ姉弟の繋がりなんかじゃなくって、外から見てちゃんと姉弟だと認識されてるってことだった。これって実は結構大事だったりする。何が大事かって、僕が姉ちゃんと姉弟だって再確認できるから嬉しいってだけなんだけど。

「姉ちゃんも好きだけど紗希乃ちゃんも好きだよ」
「も、って言われると微妙だな〜」
「なんで?」
「だってわたしの方が明らか年上なんだし、第二のお姉さんになったみたいでイヤ」
「紗希乃ちゃんお姉さんって感じじゃないじゃん」
「わたしの心の持ちようだよ」
「大丈夫だよ。僕の姉ちゃんは後にも先にもたった一人だし、僕にとっての紗希乃ちゃんもずっと君だけだよ」
「う、うーん……?まるでわたしいっぱいいるみたいな言い方だね?」
「紗希乃ちゃんのポジションは紗希乃ちゃんだけってこと!」
「平たく言うと?」
「紗希乃ちゃん好き!」

えへえへ、と嬉しそうに庭の土をいじる彼女の手元にはよくわかんない植物がにょきにょき芽をだしている。紗希乃ちゃんのSPECは植物を育てる能力。聞くだけだとまるで農家みたいな能力だけど、紗希乃ちゃんが言うには「愛してあげたら」育ってくれるらしい。それでも、にやにや笑う彼女の手元でぐんぐん育ってく葉っぱたちを見て思うのは、彼女が愛してあげたから応えてくれてるんじゃなくて、植物の方からも愛されてるんだよなあって思う。ほら、お花が咲いてる。例えでもなんでもなくてホントに咲いてる。掌が土にポンポンって触れただけなのに色んな色の花がぶわああっと咲き始めた。……ちょっと愛され過ぎじゃない?紗希乃ちゃんが可愛がってるんじゃなくて、逆になんかめちゃくちゃ植物に可愛がられてるように見える。

「そっか、シスコンか」
「どうしたの再確認?」
「んー。僕のっていうか、違う人……人じゃないけど、別なものの話」

腑に落ちない顔で首を傾げる紗希乃ちゃんの足元は可愛らしい花がたくさん咲いて、もこもこしてる。僕の足元なんか雑草もろくに生えてないってのにさ、ほんとに愛されてんだなあ、この子。

「なんか自分の好きな人たちが誰かから好かれるのって悪くないよね」
「そうだね。なんか嬉しくなっちゃうよね」
「そうなんだ。嬉しくなる!でも、まあちょっと寂しい場合もあるけど」
「お姉さん?」
「そ。とりあえずあのハゲと仲良くやってくれてたら今んとこそれでいいや」
「お姉さんっておじさん趣味なの?」
「そうなんだよ聞いてよ紗希乃ちゃん!!あのおっさんさあ!」

きのう瞼の裏側で見えた、あのハゲおっさんは姉ちゃんがSPECホルダーだって知って躍起になってた。ちゃんと姉ちゃんの手助けしないと上から恨むからな瀬文さん。なんて、思ってるのがわかってるのかわかってないのか、相変わらずもこもこ花畑の中心の彼女は楽しそうに笑っていた。


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