憂き世に愛はあるかしら
憂き世に愛はあるかしら




カンタンに言っちゃえば、植物を育てるSPECなの。

そう伝えたら、陽太くんはポカンと口を開けて動きを止めた。たぶんきっと、何言ってるんだろう紗希乃ちゃんは…なんて思っているんだろう。瞬きくらいはしようね、目が乾いちゃう。

「植物は誰でも育てられるよ」
「うん。だけどわたしは誰よりも早く花を咲かせることも実をつけることもできるんだよ」
「それが"愛してあげたら"ってこと?」
「そう!よく覚えてたねえ陽太くん。わたしがちゃんと愛してあげたなら、その植物はたとえ本来育つ季節の植物じゃなくてもちゃんと育つの!」

現に、いま家の前の畑に実ってる桃とラベンダーはいまの季節のものじゃない。そんなことを言ったら、この前の向日葵だってそう。わたしは好きな時に好きなものを好きなだけ育てている。それができるようになったのは16歳の誕生日を迎えたころ。室内用の植物を部屋の暖かいところに置いて、早くお花が咲かないかなあ、と声をかけた。そうしたら次の日、まるで「わたしを見て」と言っているように、爛々と咲き誇る花を見て驚いた。だって、お花屋さんで1か月くらいかかるって言われたんだ。小さなつぼみから、だんだん大きなつぼみになるって言われたのに、色んな過程をすっ飛ばしたそれは、1年くらい咲いていた。毎日、きれいだねと声をかけたからなのかもしれない。学校で美化委員をしていたわたしは花壇の水やりをしながらたくさん声をかけた。すると、植えた覚えのない花が咲いたり、これまたやっぱり早く花が咲いたり。不思議なこと続きだった。

「でもさ、それくらいで殺されたの?花育ててるだけって今と変わんないじゃん」
「メインはここからだよ陽太くん。そして、17歳のわたしは、どこからその情報を聞きつけたのかわからない人のお手伝いをすることになったの」
「なにそれ?」
「カンタンに言えば悪い葉っぱ育てちゃったんだよね。しかもめちゃくちゃ最強のやつ」
「は?それって普通に犯罪じゃん」
「そうなんだよ犯罪なんだよ。ま、育ててたわたしはそんなもの育ててるつもり全く無かったんだけどさ。珍しいなァこれ。って思ってたらまさかタイヘンなものだったわけです」
「それで殺されたと?」
「うん。たぶん、普通に育ててる女子高生なら逮捕くらいで済んだんだと思う。ただ、SPECを持ってるな?って言われて、一度捕まって軟禁状態だったんだ。けど気付いたらここにいた。その辺りはぼんやりしてて覚えてない」

結局は、自分が育ててるそれが何なのか調べることを怠った自分が悪い。何も疑わずに、人助けになるんだって喜んで思考停止していたのがいけない。すべて自分の浅はかさが招いた結果だった。17歳の自分にそこまで判断力があったとは今でも思えないけど、考えることをしなかったのはただの馬鹿だ。一人ぼっちで召されてから気づいた。夢で泣いてる両親を見て思い知った。わたしはとんでもないことをしたのだと。

「だから、死んでしまったことは今でももちろん悔しいよ」


今度は陽太くんの番だよ。そう言っても、彼はなかなか話そうとしない。泣きそうな顔でいて、少しばかり不機嫌な様子だった。

「そんなの、法に触れたってなんだってばれなかったら紗希乃ちゃんは何もしてないのと一緒だよ」
「でもいけない葉っぱ育てちゃったよ」
「それくらい育ててる人いっぱいいるよ」
「そうなのかな……」
「だけど、僕みたいなのはそんなにいない」
「……ああ、王って話?」
「それ。僕は本当にそう思ってたんだ」

陽太くんのSPECは時を止める能力らしい。けれど、厳密に言うとそうではなくて、そこを大切な人に見破られ、結果手をかけさせてしまったらしい。それが彼の後悔していることなんだろう。

「紗希乃ちゃんよりももっと悪いことしたんだ。……人も殺したし、他人の記憶をいじらせたり、色んなことをした」

人を殺した。それを聞いても、わたしにはピンとこない。たしかにわたしも人に殺されたうちの一人ではあるけれど、目の前のこの真っ黒い少年が人を殺せるだなんて思えなかった。

「それも後悔してるんだね」
「……悪い奴もいたから、全員分ってわけでもないけど」
「ふーん。それじゃあしょうがないよ」
「しょうがない?」
「そういう運命だったんだよ」

だって、欲しくてSPECがあったわけでもなんでもない。けど、たまたまって言うにはちょっと無理がある。陽太くんがそのSPECを手にして、誰かを殺める運命にあっただけ。わたしもSPECを手にして津田という男に殺される運命にあっただけ。

「それじゃ、僕らがこうして出会ったのも運命だってこと?」
「そういうこと。わたしたちは死なないと出会えなかったんだよ。だから、その死ぬための理由も必要で、それがお互いSPECに関する出来事だった。なんだかそう思うと偶然にしては出来過ぎな気もしちゃうよ」

だから、これは運命だったのだ。そう思ってみてもいいのかな。なんて考えるのは、例え生きていた頃に人を殺したり悪いことをいっぱいしてきた陽太くんと一緒にいたいがための、理由が欲しいだけなんだ。そうじゃないと、陽太くんはもしかしたら……


「今度は急にいなくなったりしないでね」
「姉ちゃんが呼んだら僕はきっとそっちへ行くよ」
「それでもちゃんと戻ってきて」

そうじゃないと、また一人ぼっちになっちゃうよ
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