馬鹿騒ぎ
80 ゆるやかに浸透
「さっさと結婚しちまえよ」
「そっくりそのままお返ししますよ、フィーロ」
「結婚どころじゃねーんだよこっちは」
「ほんとに…奥手が過ぎますよ君は」
「余裕癪癪で羨ましいねえ、クソ野郎」

帽子の折り目をしつこいくらいに撫でつけ癖つけている幼馴染は苦虫を噛んだような表情をしていた。込み入った話でもなんでもないが、自分のアジトや通いなれた蜂の巣でも話すのは気が引けて、あまり入ることのなかったフィーロのカジノへやってきた。カウンター越しにカードを切る彼は、帽子を置いてから何も賭けない私の様子につまらなさそうにカードを捌いている。

「つーか、オレを捕まえてどうすんだって話だよ。そこはマイザーさんだろ?」
「彼とはもう既に話をしていますよ。ただ、思いのほか従姉妹思いだったこともあって色々と面倒でしたが」
「へえ?どんな?」
「簡単に言うと、彼女が彼へまだ話していなかったことを私が知っていたもので複雑だったようです。」

どうして彼女が殺し屋なんてものを生業としていたのか。私に涙ながらに話したあの内容は、彼女の唯一の血縁者も知らなかったらしい。とはいえ私も事細かに知っているわけでもなく結局は彼女が追いつめられて漏らした内容までしか知らない。ざっくりとした理由だけで、説明の抜け落ちているところは多々ある。

「まあ、200年もの間雲隠れしていたようなものです。再会してから1年足らずで説明しきれるものでもないでしょう。」
「でもマイザーさんには濁すのにお前には話すんだな。」
「マイザーだから話せないんでしょう。」
「ほお。唯一の肉親だから話せないって?」
「そういうことです。包み隠さず話すには誰だって勇気がいります。それが肉親なら尚更。私は彼女が色々なものを溜めておけなくなったタイミングに居合わせただけですよ。」
「謙虚だねぇ。少しくらい、オレだから話してくれたんだ!って思い上がって見ろよな。まー、そんなことするヤツじゃねえってのもわかってるけど。」

すこしくらいはそう思わなくもない。むしろそうであったなら嬉しい。そして、これから人生の中でもっとそういう存在に近づいていきたいとも思う。

「200年、彼女の中で滞っていた流れが緩やかに決壊し始めている。いや…もしかすると既におおきく崩れているのかもしれない。」

復讐心に身を焼かれ、孤独で生きていた彼女に近づくにはまだまだ時間が必要だった。今は、かつての仲間との再会や新しい仲間との出会いで彼女は色んな意味で揺れているだろう。そのタイミングで私が今後の人生の選択肢をちらつかせてしまったら、彼女はどんな反応をするだろうか。拒絶されるか?それなんてまだ良いほうかもしれない。下手したら本心を隠されたまま添い遂げることになる。それだけは真っ平ごめんだ。自分の欲しいものは何だって手に入れる。もちろんそのつもりだが、彼女だけはちゃんと彼女の全てを自分のものにしてみたかった。

「私も案外と欲深い生き物だったようだ」

カラン、とグラスの中でまわる氷がを眺めながら呟いた言葉にフィーロはからからと笑って見せた。

「なに、お前今さら気付いたってわけ?」

今さら……今さらだったのか。そこまで欲深いつもりはなかったけれど、幼馴染から言わせたらそうらしい。

「誰だって好きな女にゃ欲深くもなるぜ」
「はは、確かにそうだ」
「まー、人それぞれにタイミングはあるしな。ゆっくりいけよ、お前らはきっとちゃんと収まるとこに収まるよ」
「そっくりそのまま君に返しましょうかね」
「へいへい、頑張るよ。」

さて、そろそろ帰ろうか。フィーロに別れを告げて立ち去ろうとした時に、「なあ、」と声をかけられた。

「この身体になってから日和ったって前に言ってたけどさ」
「ああ…言った気がする」
「もうそんなことは言ってらんねーなァ」
「はぁ」

悪ぃ、あとでシメとくよ。フィーロが私越しに見ている後ろを振り向いてみる。そこにいたのは小さなバスケットを手に提げた愛しい人。そして、それに絡むように立っているスーツ姿の若い男。

「…そうだね、頼みますよ」

大きく踏み出した足でカツンッと派手に鳴った靴音にその人がこちらへ気付く。困ったように下がっていた眉が綺麗な山へと戻っていった。ああ、どうしてそんなに嬉しそうな顔をしてくれるんだ貴女は。まだ時間が必要だと、そう思ったのに。今すぐ手に入れたくなっちゃうでしょうが。

「彼女にご用があるようで?」

私の一言で竦みあがる男を見てクスリと笑う彼女になんだか毒気が抜かれてしまった。シメてもシメなくてもどっちでもいいよとフィーロに手をあげると、向こうもわかったとばりに手をあげる。

「年若いお嬢さんがこんな所に来ちゃいけませんよって言ってくれていただけですよ」
「……貴女ねえ、そんな口説き文句の初手に引っかかってたんですか」
「いいえ。お嬢さんっていう年じゃないからなァって思って」
「中身はともかく見た目は十分にお嬢さんですよ。これまでも何度かあったんじゃ?」
「まあまあありました。それでも、ふふっ」

カジノから出る階段を上りながら、リアさんはまたもやおかしそうに笑っている。

「あんな怖い顔で助けてもらうことなんて、なかなかありませんから」
「……怖い顔、と言う割には貴女からしたら面白い顔だったようですね」
「さあ、どうでしょう?」

いまだクスクス笑い続ける彼女より先に階段を登り切り、手を差し出す。数段下にいたリアさんがきょとんと眼をまるくしてからふわりと笑い、手を乗せてきた。

「ありがとうございます、ラックさん」

俺を言いたいのはこっちの方ですよ。そう言ってみてもきっとわかってくれないんだろう。なんて思いながら、乗せられた手を握るとそっと握り返されるのだった。
_80/83
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT


[ NOVEL / TOP ]
- ナノ -