馬鹿騒ぎ
69 あの子はいずこ
「昔話にしちゃあ鮮明に覚えとるだろ?あれは忘れるに忘れられないからねぇ。あの時の衝撃と言ったら!旦那が抗争に巻き込まれて瀕死の時でも、あの時のリアと比べたら…なんて思っちゃったりしたもんさ」
「不死者の存在を知ったマフィアは、僕らの体質を利用しようとする奴らが多いけどラリサさんの旦那さんは違うの?」
「欲目を出したらそりゃあ欲しいだろうさ。だけどねえ、それよりも人としてのあの子を知っちまったらそれもできなくてねぇ。それで、殺し屋をやってるって言うもんだからそれなら雇っちまおうってことになったのさ」
「えっ、出会う前から殺し屋だったの?」
「そう聞いてるがね。始めたばかりだとは言っていたが、あの子の間もないは信じられんからねぇ」

そう言って、ラリサさんはひゃっはっは!とまた笑った。結局わかったのは二人の出会いだけだった。それ以前のことはラリサさんも曖昧にしか知らないみたいだし、予想以上にリアは口が堅いのだと改めて思い知らされた。


「…昨日、何か書類を見つけたリアがものすごい顔をして立ち尽くしていたんだ。ラリサさん、何かしらない?」
「書類?」
「そう、書類」

ふうむ…、深々と目を瞑ったラリサさんは頭を左右に揺らしながら考えている。

「書類ということはうちから出した情報さね。ルノラータんところはバルトロが直接あの子に依頼してるだろうから」


そう呟いてから、またうんうん唸って考えこんでるかと思えば、突然口をぽかんと開けてラリサさんが固まった。

「そうだ、今から50年くらい前だったかねぇ、やけに小規模のマフィアを潰す仕事を請け負っている時期があった。その時くらいから中くらいや大きい組織と手を組むようになってね、それのおかげで今じゃあ魔女(マスカ)って言ったらそこらへんの殺し屋と桁違いの報酬を積まなきゃ雇えなくなったもんさ。その時期に手を組んだマフィアとは今でも上客としてやりとりしてるはずだよ」
「それじゃ上客を手に入れるため、っていうより小さいマフィアを潰すために大きな組織と手を組んだって言ってるみたいだ。」
「おそらくその通りだよ。理由はわたしにもわからないがね。」


それにしても、50年前の資料が流石にあの家にあるとは思えない。引っ越しも繰り返していたようだし、あの部屋にある資料はいくら多いとは言っても十年以内の資料にしか思えなかった。小さい組織を潰したい理由は何なのか。それに今では別に組織の大きさにこだわっているように感じない。結局リアのことはほとんどわからないままで、あの資料のことも何もわからないままだ。あれ、そういえば、


「ラリサさん、リリィって女の子知ってる?」
「女の子?」
「あ、いや…リアが前に色々あって一緒に旅のようなことをしていた女の子の名前なんだけど…」
「その子も不死者なのかい」
「あ、そっか。不死者ではないからラリサさんと出会う前にもう亡くなってるはずか…、ラリサさんと出会ったのが1850年ごろなら、1700年代に出会った女の子は生きていたとしても寝たきりみたいなものだろうしね」
「ほう、1700年代か、わたしが生まれる前だねぇ。そういえば、わたしが娘を産んだ時のことだったかね、『昔、妹のような存在の子がいた』と話してくれたことがあった。もういなくなってしまったけど、また会いたいとも言っていたねぇ」
「亡くなったんじゃないのかな」
「さあね、生き別れてそれきりで気にしているだけかもしれないしねぇ…」


「ああ、こういう事もあるかもしれないね。チェスワフたちみたいに不死者になって、どこかで生きていたり、とかねぇ」


悪戯っぽく笑って、ラリサさんはお茶を入れ直そうと席を立った。不死者になっている、ありえない。とは言えない。だって現にマルティージョとガンドールのみんなは不死の酒を飲んで不死者になっている。でも、それならセラードと接触しているはずだし…。リアは50年前に小さい組織を潰していたのってセラードを探していたのかな。以前に一度出会ったことがあるとも言っていたし、もしかするとそうなのかもしれない。そして、リアと一緒に村から逃げたリリィは不死者になっているのかもしれない。すべて推測だけど、何となく納得できた気がして落ち着いた。わからないことだらけだったけど、何も得られなかったわけじゃない。昨日までの漠然とした不安よりはいくらかマシな心持ちで、すっかり冷え切った紅茶を啜る。



「チェスワフ、今晩はリアも読んで一緒にご飯にしよう。あの子の大好きなシチューを久しぶりに作ろうかと思っているからね」
「うん、手伝うよラリサさん」




_69/83
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