馬鹿騒ぎ
62 わたしのお家はどこですか
遠くで微かに、何かが擦れる音がした。仮眠を取っていたベッドから起き上がると、気怠い体を何とか動かして玄関へ向かう。


「……」


玄関には一通の手紙が差し込まれていた。ふと思い立ち隣の部屋へ向かってカーテンの隙間から路地裏を見つめる。真っ黒いスーツを身にまとった男が隠れるように路地裏の奥へと消えて行く。真昼間からこそこそしているなんて目に付いたら面倒だろうに。他人事のように思いながら、リビングのソファへと腰かける。2・3人座れるくらいの幅はあるソファだが、様々な紙が乱雑に置かれていて座れるところは少ししかない。チェスワフは片付けなよ、と怒るけれど、マイザーは呆れるだけなので最早そのままなのである。


真っ赤な蝋で綴じられた封筒の中から現れたのはいつだかに仕事を引き受けたことのあるファミリーからの依頼だった。(いつだっけ、2年…いや、3年前かな)曖昧な記憶を辿るも、これと言った記憶が浮かんでこない。資料を探すために寝室に向かおうとして思いとどまった。


「(そうだ、ここじゃない)」


数年前の資料は自宅があるシカゴにある。今は休養という名目でNYにいるのだから当然手元にはない。どうしたものか……、断ることもできるけれどこっちでの拠点を探してまでの依頼というのなら受けるべきか。どんなファミリーだっただろうか、思いだせずにうんうん唸るけれど、一向に出てこない。



「仕方ないね、一度戻るかー」


独り言。自分から出たその一言に妙な気分になった。まるで、わたしの家がここみたいだ。シカゴが拠点のはずだったのに気づけばNYで仕事をしている。休養とは銘打っているものの、ルノラータの一件を受けてからなし崩し的に仕事をせざるを得なくなった。古参の上客たちにはその噂があっと言う間に流れてしまったからである。名前だけが独り歩きしているのも考えものだと思う。(おかげでお金には困ってませんけどね……)




*




「リア、どこか行くの?」

「ちょっとシカゴにね」


寝台列車に乗ってシカゴへ向かうことに決め、すこし早めのディナーをとりに蜂の巣へと向かった。


「お仕事ですか?」

「仕事の資料を取りに戻るだけよ。すぐに帰って来るわ」



蜂の巣では、エニスとチェスがお茶をしていた。わたしの荷物を見て驚いたのか、チェスが小さな体で慌てて駆け寄ってきた。


「取りに戻るだけって、それにしては随分大荷物じゃない。もしかして、そのまま帰って来ないなんてないよね?」


心配そうに眉尻を下げて訪ねてくるチェスが可愛らしくて、思わず頭を撫ででしまう。何するのさ、と不貞腐れるチェスは、じっとわたしの持つ大きな鞄を見つめていた。


「大丈夫、馴染みの武器屋に銃のメンテナンスをしてもらうだけ。そんなに心配しなくても用が済んだら帰って来るって」


帰る場所。チェスの中でも、このNYがすでに帰る場所になっている。当然と言えば当然か。半年くらいしか住んでいないこのわたしでも、帰る場所だと錯覚してしまうくらいにはここは居心地がいいんだもの。


「そんなに心配ならチェスもリアと一緒にバカンスに行けばいいさー!」

「二人のはじめてのおつかいだね!」


何かが違う…。満場一致で皆が見つめるもキラキラした笑顔ではしゃぎまわっているアイザックとミリアは気付かない。


「バカンスではないんだけどなあ、お仕事だよお仕事」

「仕事って言っても道中楽しめることが一つでもあればそれはバカンスなのさ!」

「センザイイチグウってやつだね!」


今度は意味のわからない単語を繰り出してきたミリアに、皆やれやれと苦笑い。ヤグルマさんと仲のいい二人はこうやって時々東洋の言葉を使うのだけれど意味が合っているかなんてわたしたちが知っているわけがない。


「まあ、チェスが暇なら一緒にくる?仕事だけでつまらないかもしれないけど」

「……いいの?」

「うん。ただ、今夜の寝台列車に乗りたいから準備は急いでよね」

「っわかった!」


バタバタと普段では想像できないほど子供らしい動きを見せたチェスに、マルティージョのみんなは和やかな表情を見せた。
わたしも、くすくす笑いながらカウンターの席に腰かけた。アイザックとミリアはヤグルマさんと「かるた」というもので遊ぶのだとはりきって奥の部屋へと駆けて行った。今度暇なときはわたしも交ぜてほしいなあ。


「マイザーさんには伝えなくて良いのですか?」

エニスは遠慮がちに声を掛けてくる。けれど、以前と比べたら明るく見えて少し嬉しい。彼女が用意してくれた紅茶を啜りながら、ディナーのメニューを眺めた。

「んー…、言おうと思ったけどいないんだもん」

列車で酔わないよう、脂が少なめの料理がいいな。うーん、どうしよう。メニューにも悩むけど、心配そうなエニスにもちょっと悩んでしまう。

「そうだ、エニスにお願いしようかな。マイザーにシカゴに行ってくるってことを伝えて!資料を探すだけだから、すぐ帰って来るよって」

「わかりました」




_62/83
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT


[ NOVEL / TOP ]
- ナノ -