馬鹿騒ぎ
60 そのお名前は使用済み
「全く…いつでも殺すだの、闘えだのと喧しいですね」
「きゃあ!」

ガンドールさんに首根っこを掴まれたマリアは、ぐいっと引っ張られて椅子から転げ落ちた。

「痛いじゃん!」

「貴女が大人しくならないからですよ」

やれやれ、と肩を竦めながらも掴んだ襟首を離さないガンドールさんに向かってマリアは何度も刀を振りかざす。もちろん、後ろから掴まれているため刃先さえ避けられてしまえば切れることもない。そのままずるずるとマリアは引きずられていく。待ってよー!とか卑怯者ー!だとかまるでわたしが逃げたかのような言い分に少々かちんときた。(逃げたのはそっちでしょーが!)


「荷物を置いてきますから、リラックスしてください。ここには敵はいませんから」


ね?と小首を傾げニッコリ笑い、ガンドールさんは出て行った。荷物っておい。ゴミじゃないだけましか……だなんて思いながら誰もいなくなった部屋で一人思った。マリアに詰め寄られたままだったためにソファの端っこでこじんまりしていたことに気づく。改めて座り直しすと、結構良いカンジの装飾だなあ、なんてぼんやり思う。シカゴにあるわたしの家にもそれなりに値の張るソファがある。購入した当初はこうやって装飾の綺麗さにうっとりしながら座ったものだけれど、現在では仕事の書類たちのベッドと化している。それに比べて綺麗に手入れされていそうなソファは、ガンドール三兄弟の誰の趣味で手に入れたモノなのだろうか。女性が好みそうな華やかな刺繍で彩られ、肘置きは細かな彫刻が施されていた。立ち上がって、ソファの裏まで覗き込んでいると、ドアが大袈裟な音を立てて開いた。



「あン?……女なんていねえじゃねえか」


音に反応して、ついついしゃがんでソファの裏に隠れてしまった。現れたのはガンドール三兄弟の真ん中のベルガ・ガンドールだった。



「マリアと勘違いしたのかぁ?だったらあんな騒ぐことねえだろ……」

「あの、」

「………何してんだおまえ」


何のことかわからなかったが、ぶつぶつと呟いている彼は中に入ってきた。そこで顔の半分をひょっこり出してみる。すると、ぽっかり口を開けたベルガが立っていた。


「な、成り行きで…」

「プッ、どこに成り行きでソファに隠れるヤツがいんだよ!あれか、殺し屋の勘か」

「勘…?」

「オレの気配に気づいて隠れた、とかか」

「いやそんな、」

「ここはお前さんにとっちゃ敵地と変わんねえだろう?」



敵地。
確かに、敵か味方かと言えばそうだ。一応はルノラータの方へ肩を寄せているこの状況で抗争相手のガンドールのアジトにいるのだから。仕事抜きで来ているとは言え気を抜きすぎたかな。いや、でも……



「"ここに敵はいない"って言われましたから、そんなことありませんよ」

「どいつに?」

「ガンドールさんに」

「……へえ、アイツがねえ」


わたしの向かいのソファにどっかり座ると、ケタケタと楽しそうに笑った。そんなに面白いことだろうか。ううむ。あぁ、そうか。この人もガンドールさんだった。こりゃ誰に言われたかの答えになっていない。それを面白がっていたのか。

「あの、それを言ったのは」

「あぁ、ラックだろ?キー兄が喋んのは奥さんとの電話んときだ」

「確かに前にお会いした時も無言でしたね」

「もう紛らわしいからさ、名前で呼んでやれよ」

「ではお言葉に甘えてベルガさんって呼びますね」

「オレはどーでもいいんだよ」

「え?」

「呼んでやれよ、ってことだよ」


バタンッ、今度は少々荒っぽく開かれたドアから現れたのはガンドールさん。……ではなく、ラックさんだった。


「遅ぇじゃねえか、ラック。アイツらに質問攻めにでもあったか?」

「……いや、ゴミを捨てに行ってただけだよベル兄」


くっくっと愉快そうに笑うベルガさんとは対照的に、ラックさんは少し引きつったような顔で笑っていた。(荷物からゴミに変わってる!)


「へいへい。邪魔者は退散しますよーっと」

「ベル兄!」

「カリカリしてても良い事ないぜ弟よ。そんじゃあ、嬢ちゃんまた今度な」


ひらひら手を振って部屋を後にしたベルガさんを忌々しげに見つめていたラックさんは、わたしの向かいのソファにゆっくり腰かけた。


「お待たせしてしまって申し訳ない」

「いえいえ」

「……」

「……」



一言。それを交わした後、なぜか沈黙が訪れた。そういえば、ラックさんとは雑談らしい雑談をしたことはない気がする。不死者のことや仕事のことに関してはいくらか話した記憶はあるけれど……あ、そうだ!


「ソファ!」

「?」


突然、声をあげたわたしに驚いたラックさんは切れ長な目を見開いてパチパチ瞬かせた。

「このソファ、素敵だなあって思っていたんですよ。他のところはシンプルなのにこのソファだけ華やかで少し、びっくりしましたけど」

「これは特注で作ってもらったものなんですよ。気に入って頂けたようで嬉しいですね」


ダンマリしていた時とは打って変わって柔らかく微笑んだラックさん。この話題は正解だった!もともと気になっていたし丁度いい。


「特注ですか!誰か良いデザイナーさんでもお知り合いなんですか」


「いえいえ、ただ飾り気のない所だなあ、と常々思っていたものですからウチのシマにいる職人に頼み込んで作ってもらったんですよ。デザインは素人ながら私が口を出させてもらいました」

「えっ、ご自身でデザインされたんですか」

「はい。装飾過多な気はしましたけど、いざ部屋に置いてみると案外そうでもなくて良かったです」


なかなか良いセンスをお持ちのようだ。自分でデザインなんてきっとわたしには無理だろうけど、楽しそうだなあ、なんて思った。


「すごいなあ…、このソファ気に入っちゃいましたよ」

「ハハ。さすがに無くては困りますから差し上げられませんけど、いくらでも座りに来てくださればお貸ししますよ」

「座りに来るって中々酔狂な訪問理由ですねえ、ラックさん」

「は、……そうですね」


一瞬。時が止まったかのようにラックさんが固まった。そして何事もなかったように返事が返ってきた。名前呼びなんて別段意識していた訳ではなかったものの、こう反応されると面白い。ついつい面白くて笑ってしまうと、察したのだろうかラックさんが軽く苦笑いをしていた。


「驚かせてしまったみたいで申し訳ないですね。ガンドール・ファミリーにお邪魔しているのにガンドールさんって呼ぶと紛らわしいですから」

「ハハ、一瞬誰の事を指しているのか戸惑いました」

「まあ、ご自分のお名前なのに」

「呼ぶ方が変わると、印象が変わるものなのですね」

「そんなものなのでしょうか……」

「そんなもののようですよ、リアさん」


悪戯っぽく笑うラックさんに、なぜだかドキリとした。この人がマフィアのボスの一人であることは変わりはないし、実際ボスの仕事をしている所も見た。だけれど、今この時目の前にいるこの人は、マフィアのボスでも不死者なんて化け物でもなく、ただの人間に見えた。


悲しむ顔よりも、その方が人間らしいですよ。


つい、そう口から出そうになった。だけど、楽しそうなラックさんにわざわざそんなこと言わなくてもいいかと思い直して伝えるのをやめた。
















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