――お姉ちゃん、どこにいるの?
声にならない叫びが聞こえるようで、暗闇の中でひとりそっと耳を塞ぐ。
わたしはここにいるよ。心配しないで。ちゃんと貴女を見つけ出してあげるからね。
たとえ何処にいようとも。
…誰かと共に存在していようとも。
*
ルノラータのあの1件は、他のファミリーを巻き込んだ割に呆気なく終結を迎えた。結局、ひとつの死体と怪我人をルノラータに引き渡し、あっという間に内通していた幹部が炙りだされたという。もう少し粘れよ、とか思ってしまうほどすぐに見つかったため、わたしが痛い目をみる必要があったのか疑問なところである。本来ならばルノラータが仕事の翌日に報酬を届ける予定だったようだけど、事態が急速に解決したことで翌日に人を送ってくることはなかった。そこで、こちらとしては休暇中であるため、実際は暇人。いつものように報酬を届けるというバルトロに自ら受け取りに行くことを願い出た。たまには外に出なくちゃね。マルティージョのシマはもうすでに顔見知りだらけで、街に出ていてもホームのような温かさを感じてしまうほどである。つまるところ、若干の息苦しさを覚えていた。いい人たちすぎるのだ。彼らは。
「こんにちは、Mr.バルトロ」
「よく来たな」
ふかふかの絨毯に、煌びやかな装飾を施されたソファ。それに腰かけるよう使用人に促され、柔らかく沈むソファに身を任せた。
「随分とゆっくり来たものだな。お前のことだからすぐにでも来るだろうと用意しておいたのだがね」
「そんなお金にがめつい女だと思われてたなんて心外です」
「なに、そういうわけじゃない。とっとと金を貰って、その仕事のことは綺麗に忘れたがる性質だと思っていただけだ」
「普段ならそうですけれど…まあ、休暇中ですし。それに、思ったより事態の収束が早かったので驚きましたよ。目星がついているとおっしゃってましたけど、すぐに尻尾を掴んだんですか」
「まあな。炙り出すまでもなく、奴らが捕まったと聞いた途端にガタガタ震えだしてな。とんだ小心者だったわけだ。」
「なーんだ。だったら内輪でゆっくり対処しても迅速に終わったのでは」
「そう言ってくれるな。お前のおかげで早く終わったよ。奴が震えだしたのもお前の名前のお蔭だろうな。名前だけで昏倒してくれるなんて殺し屋冥利に尽きるんじゃないかね」
「わたしとしてはひっそり生きたいものです」
「はっ。散々うちで仕事をしておいてよく言えるな。そう思うのなら弱小マフィアにでも飼い馴らされておけばいいものを」
「無理だとわかっていてそんなことおっしゃるのですね。Mr.バルトロもお人が悪い!」
くすくすと、バルトロの傍に使える使用人が上品に笑う。そう。これはバルトロとわたしの恒例行事のようなものだ。老人が足腰が弱くなってしまってね、と愚痴るわりに休みの日には遠出をしたり孫と追いかけっこをしてみたりするアレと似ている。それを知っている使用人は、くすくすと奥ゆかしく笑うのだ。
「休暇中とは言えお前も予定はあるだろう、報酬をすぐに持ってこさせる」
バルトロが指示を出すと、使用人は下がり、いつものようにアタッシュケースを抱え部屋へ戻ってきた。
「予定らしい予定はありませんけれどね」
「それもいいだろう。いつ仕事が入るか分からない面倒な毎日よりも気楽に過ごせる」
「んー、それでも、流石にこうも毎日暇だとうんざりしちゃいますね」
「自分にか」
「はは、何でもお見通しですね」
「お前は少々、自己嫌悪が過ぎる。グスターヴォほど驕れとは言わないが、いまひとつ高飛車になっても悪くないだろうに」
「わたしのこと、ご存じないからそんなこと思えるのですよ」
「教えもせん奴にそんなことを言われてもな」
「確かに。まあ、とりあえず仕事に支障はないのでうんざりするくらいならどうってことないですよ。精神を病んでいたらまた別の話ですが、残念ながらわたしは相当図太い精神を持っているようですので」
使用人に渡されたケースを受け取り、ソファの空いているスペースに置く。ずっしりと重いそれには、ぎっしりと札束が入っていた。札束の数をざっと数える。目視できる限りでも金額は相当なものである。
「こんなに頂いちゃっていいんですか。どう考えても多いんですけど」
「休暇中に使った詫びも兼ねてある。ついでに残りは小遣いだ」
「小遣いだなんて孫じゃあるまいし」
「お前なんて孫と変わらん、まだまだ青いガキだよ」
ふっ、と優しげに笑うバルトロに言い返す言葉もなく、少し多めに入れられた札束を眺めて軽くため息をついた。どうしようか、重くて運ぶのに苦労しそうなんですけどおじいさま?
冗談めかして言い返すと、バルトロは目尻の皺をさらに深く刻んだ。
なんだかどこもかしこも、温い。息抜きに来たのにここまでこんな感じなのが少しそわそわしてしまう。うーん、ここ100年くらいで一番むず痒い日々かもしれないな。これに慣れる頃にはわたしはどうなっているのだろう。渇いた札束の上を一撫でして、考える。いくら考えたって思いつきやしない。
わたしにとっての幸せってなんだろう?
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