馬鹿騒ぎ
56 悪魔からの報せ
「…とまあ、こんな感じで魔女と子供は馬を使って何とか逃げ切れたわけですね」

空気が重たい。笑って話せるような内容ではなかったけれど、思いつめる程のことでもない。何せ、とうの昔に終わってしまったことである。


「でもリア、その村から逃げ切れたんならリアのことを魔女と言い続ける人は居なかったんじゃないの?」


ご尤も。本来ならそうなるのが普通なのだ。


「逃げ切ってしばらくしてから殺し屋になったのだけど、とあるマフィアがその村を自分のシマにしたの。小さな村にしては大きな争いだったと聞いたわ。そのマフィアが村を手に入れた時に魔女について書き残された本を見つけたらしい。その特徴がわたしとそっくりだったものだから魔女が生きてるって話になったのね」

ヘンに干渉してくる輩だったから、他のファミリーの依頼のついでに根絶やしにしておいたのはちゃんと覚えている。でも、人の口に戸は立てられないもので。尾ひれはひれついて今の噂に繋がっている。



「まあ、何十年も容姿が変わらないまま殺し屋やってたらそんな本がなくったって魔女って呼ばれていたかもね」


あはは、と軽く笑って見せるも、困ったように眉を下げる三人に何も言えなかった。そりゃあね、体的にも精神的にも痛い記憶ですよこれは。ただ、あの頃のわたしは不死者になりたてで自分の存在位置を理解していなかった。普通の人間にありのままを見せても受け入れてもらえるのではないか、だなんて浅はかな考えを持っていたのだから。それに、何度も傷を負えば負うだけ治るのは早くなる。あの時は怪我になれていなかったから、意識を飛ばして捕まってしまったし、今とは比べものにならないくらい行動が拙い。そう思うのだけど、殺しのスキルなんて嫌なものを磨いて来てしまったなあ、と少し残念な気持ちになった。


微妙な空気のまま食事はお開きになった。わたしが送ると言ったのだが、ガンドールさんは「女性にそのようなことはさせられません」と頑なに断るので、こっちが折れて蜂の巣の入り口で見送ることにした。


「ガンドールさん、わざわざ持って来てくださってありがとうございました。ルノラータの方にはわたしからも報告入れます。何から何まで申し訳ありません」
「いえ、これも仕事の内ですからね」
「それでも今回はガンドールさんに手助けしてもらわなかったら色々詰んでましたから」
「状況が状況でしたからね…少しでもお役に立てたのならよかったです。あぁ、そうだ。DD襲撃の時の殺し屋の女性を覚えていますか」
「あの、長い刃物を持っていた人ですか?」
「そうです、彼女はマリアと言うんですがね。ワケあってウチのファミリーにいるのですがあなたに会いたがっていましたよ」
「……葡萄酒寄越せって刃物向けられるところしか想像できないんですがー…」
「ハハ。クレアさんは殺させない約束ですからどうでしょうか」
「あの刀に少し興味があったので会ってみてもいいですね。後日ガンドールさんの所に向かいます」
「ぜひそうしてください。兄さんたちも喜びますよ」


ふっ、と笑う姿を見て、この人はこんな風に笑うのだな。と何となく思う。そう言えば、ガンドールさんとはNYに来てから何度か会っているけれどどれも仕事の話ばかりでお互いに笑うような会話はしたことがないな。今度、そのマリアとかいう女に会う時に少しお喋りしてみようかしら。丁寧に頭を下げるガンドールさんに軽く手を振り、蜂の巣の中に戻る。うう寒い。昨日の夜はこんなに冷えていたっけ。



「随分手短に話をしたものだな」
「…さっすが悪魔。全部お見通しってわけですか」
「いや?全部を知ってるわけじゃあない」


現に、君とリリィの出会いの件は初めて知ったからな。そう言うロニーは、ワイングラスを片手に持ち、くるくると回しながら壁にもたれ掛かっていた。


「リア、お前の探し物みつけてやろうか」
「またそうやって人間で遊ぼうとするんですね」
「遊んじゃいないさ。愉しんではいるけれども」
「……必要ありませんよ、探し物は自分で見つけます。そのためにこの仕事をしてるんですからね」



「ふむ。それじゃあ、お愉しみにとっておこう。ただひとつ、良いことを教えてやるぞ。きっとそれは、見つかる」
「予想?きっとだなんて性質がわるいわ」
「予想じゃないさ、君が変われば事実になる」



肝心なことを教えないくせに曖昧に伝えるなんて意地が悪い。全く、これだからあなたは悪魔だって言うのよ。



「オレは悪魔で十分さ」




_56/83
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT


[ NOVEL / TOP ]
- ナノ -