03


― ダイアゴン横丁 ―


「おはよう、トムさん」
「おはよう、ミスター・カンザキ。よく眠れたかい?」
「ええ、とってもよく」

そういえば、英語を話せる魔法をかけてもらったんだった。
アラシは口から自然と出てくる異国の言葉に、違和感を感じた。
それに、言語に関する魔法は無いはずだという昨日のトムの呟きも気にかかる。
しかしそれよりも、今は夢の中の人物が一番気掛かりだった。
おぼろげでもう忘れてしまいそうだが、確かに彼は「前世」だと名乗ったのだ。
夢だが、何か意味があるのかもしれない。
アラシは、トムに聞くのが一番いいことなのではと思い、夢のことを話そうとした。

「ねえトムさん、きの――」
「もうっ。ペチュニアってば意地っ張りなんだから!」

が、それは威勢のいい女の子の声で遮られてしまう。
アラシは驚いてそちらを向いた。
赤毛の女の子が、顔を真っ赤にさせて怒っている。
その後ろで、父親らしき人が彼女をなだめていた。
すると女の子は、カウンターに座っていたアラシに目ざとく気付き、歩み寄ってきた。
どうやら怒るだけ怒って、満足したらしく、口調は少々刺々しいが、顔は元の色だ。

「おはよう。あなたもホグワーツの人?」

にっこーと効果音がつきそうなくらいの笑顔だ。
アラシは少々たじろきつつ、なんとか作り笑いを浮かべた。

「今年、入学なんです。昨日ここに着いたばかりで」

赤毛の女の子は、アラシの隣の席によじ登ると、人懐っこい笑顔を浮かべた。
父親らしき人物は、彼女の後ろで戸惑っている。

「私もそうなの。でも、お父さんもお母さんもマグルだから、よくわからなくて。良かったら、一緒に横丁を歩いてもいい?」
「マグル?」

聞き慣れない単語だ。
助けを求めてトムを見ると、彼は穏やかに笑って助け船を出してくれた。

「お嬢さん、ミスター・カンザキもマグル出身ですよ」

すると女の子は、「えっ」と驚きの声を上げてアラシを見た。

「ごめんなさい、同伴もいなかったから慣れてる人なのかと……。マグル出身だなんて、知らなくて。その、本当にごめんなさい」

尻すぼみに小さくなっていき、最後はほとんどささやくようだった。
恥ずかしいのか、顔を下に向けてしまう。

「いいですよ。知らなくて当然です、初対面なんだから」

なんだか可愛い人だなぁ、とアラシは口許を緩ませた。

「ミスター・カンザキ、マグルとは非魔法族のことだよ」

唐突にトムが言った。
アラシが彼にお礼を述べると、次にはアラシの腹の虫が鳴いた。
そこでやっと、朝食をとっていないことに気付く。
相変わらず、隣で小さくなっている女の子に、アラシは優しく声をかけた。

「俺、これから朝食なんです。食べ終ったら、一緒に横丁に行きませんか?」

ぱっと顔を上げた彼女は、嬉しそうに破顔した。
大きく頷いたのを確認して、「少し待っていて下さい」と微笑む。

「では、入り口は私が開けましょう。昨日の監督生はもう来ないのでしょう?」

トムが当たり前のように申し出た。
アラシは再度彼にお礼を言って、簡単な朝食に手をつけた。



トムを先頭に裏口へ周り、レンガの前に立つ。
女の子の父親が、「どこから入るんだ」と呟いた。
女の子もまた、不思議そうにあたりをキョロキョロしている。
事情を知っているアラシは、多少の優越感を感じながら、トムの杖さばきを見守った。
昨日と同じように、レンガがくねくねと動き、数秒の内に壁からアーチへと変貌する。

「わぁ……!」

赤毛の女の子が、感嘆の声を上げた。
彼女の父親は呆然と、突如現れたダイアゴン横丁に驚いている。
トムが杖を懐にしまい、こちらに向き直った。
にっこり笑って一言。

「いい買い物を」

パチン、と音がしてトムの姿が消える。
これにはアラシも驚いた。
けれど女の子は免疫が早速出来たのか、あまり動揺もしないで話題を変える。

「まだ自己紹介をしてなかったわね。私、リリー。リリー・エバンス。リリーでいいわ」

さっきと同じ、人懐っこい笑みを浮かべて、右手を差し出してくる。

「俺、アラシ・カンザキ。アラシでいいよ。よろしく、リリー」

アラシはその手を取って握手した。



「ところで、なんで“マグル”って言葉知ってたの?」

リリーのお金を換金するため、グリンゴッツ魔法銀行へ向かいながらアラシは尋ねた。
リリーは、顔を赤くして「さっき教えてもらったの」とだけ答えた。
その様子にこれ以上は追求するまいと、前に向き直る。
リリーの父親は、忍び笑いをしながら後ろから着いて来ていた。

***

換金を済ませ、まずは荷物にならない杖から買っていくことにする。
昨夜トムにおしえてもらった“オリバンダーの店”のドアを開いた。
客が来た事を知らせる鈴の音が、静かな店内に響く。
店の中は、膨大な小さい箱で埋まっていた。

「いらっしやい」

笑顔で現れた初老の彼が、店主の“オリバンダー”なのだろう。

「こんにちは」

その笑顔に応えなくてはいけない気がして、アラシは引き吊りながら笑った。
オリバンダーは、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな顔付きに戻った。

「お二人さんで良ろしいかな。杖腕はどちらで?」
「「あ。右です」」

リリーと同時に言ったことで、アラシの緊張は少し解けた。
それどころか、リリーと一緒に吹き出してしまいそうだ。

オリバンダーは、「それでは、失礼」とメジャーを取り出した。
するとそれは、色々な場所を勝手に計っているではないか。
驚く三人の客など無視して、オリバンダーはしばらく考え込み、かと思ったら店の奥へと引っ込んでしまった。
数分も経った頃、オリバンダーはひょいと出てきて、杖を一本ずつくれた。
アラシが“それ”を手にした瞬間、目の前の場面が切り変わった。


―「これはいい杖ですね」

―「お解り頂けますか、お客様」

―「私にぴったりだ」

―「さようでございます」

―「よし、これを貰おう」


「やあ、また会ったね」

アラシは驚いて、杖を握った手から顔を上げた。

「ゴドリック?」
「そうだよ」

ぼやけた人影が答える。
夢と、同じ。

「これは……あなたの、杖?」

何故かそう感じたアラシは、考えるより先に問掛けた。

「さあ。どうかな? そのうちわかるよ」

ゴドリックはどこか楽しむかのように笑った。
そして彼は、遠くなっていく――。



「わぁ、スッゴイわ!」

リリーの声が聞こえる。
アラシは現実へ引き戻された。
顔を上げれば、オリバンダーが先程と変わらない位置にたたずんでいる。
彼は穏やかに笑った。

「お気に召しましたか、お嬢さん」
「父さん、これにする!」

状況がいまいちわからないまま、アラシはオリバンダーに問掛けた。

「オリバンダーさん、これ……?」

けれどオリバンダーは、にこにこ笑うだけだった。


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