04 勇気有る者が住まう寮と唄われる、創設者。 彼がこの世から消えれば、当然その記憶も同時に消える――はず。 そして、“その時の城”のことは当時そこにいた彼本人と、仲間の三人、そしてあまたの生徒達しか知りえない。 何年も、何百年も――千年以上も後になり、ようやくその時が訪れた。 ― そして駅 ― 「リリー、九と四分の三番線ってどこだろう……?」 アラシは引きつった笑顔でリリーに問掛けた。 リリーは奇妙な切符を凝視したまま、返事をしない。 まるで切符の中にあり秘密を暴こうとしているかのように、緑の大きな目は真剣だ。 いくら話しかけても返事が無い。 アラシは諦めの溜め息をついて、今朝の出来事を思い出した。 『トムさん、このホームの場所なんですが……』 『ミスター・カンザキ、それは自分で見つけたほうがいい』 茶目っけたっぷりに笑っていたことから、トムは明らかにこうなることを予測していたに違いない。 あの時は諦めたが、今となっては無理やりにでも聞き出しておけば良かったと、後悔の念が渦巻く。 「とりあえず、十番線ホームに行こうか、リリー。四分の三だから、十に近いし」 そんな憶測を立ててみたが、相手は魔法界だ。 十番線に魔法学校行きの列車が来るとは考えにくい。 しかし早くしないと、出発してしまう。 アラシは動こうとしないリリーを引きずって、トランクと教材の荷物を乗せたカートを力任せに押した。 ――と、その時である。 自分と似たような荷物を乗せたカートが、向こう側のホームを横切っていく。 大きなトランク、ごちゃごちゃした荷物、鍋が隙間から覗いている。 そして極め付けは―― 「ふくろうの籠……!」 普通、一般人がふくろうを飼うのは珍しい。 そのうえこのタイミング。 アラシは確信した。 ――間違いなく、“同じ”だ。 アラシはカートとリリーを方向転換させて、階段に向かった。 早くしなければ見失ってしまう。 足は自然と駆けた。 「すみません、ちょっといいですか!?」 前を行く、ホグワーツ関係者らしき人物の肩を掴む。 近付いて見れば、彼の身長はアラシとそう変わらない。 もしかしたら、同じ新入生なのかもしれない。 彼はゆっくりと振り向いた。 ――眼鏡。 アラシが最初に思ったのは、失礼なことにそれだった。 それから、レンズの向こうで光る薄茶の瞳。 黒い髪は癖っ毛で、勝手な方向にそれぞれ向いている。 「何か?」 眼鏡の少年は、短く答えた。 その視線は肩を掴んだままのアラシの手に向いている。 アラシは慌てて手を離すと、リリーを横目で見遣った。 彼女はまだ、切符と格闘しているようだ。 アラシは溜め息をついて、眼鏡の少年に向き直った。 「あの、九と四分の三番線って知ってますか?」 確かな証拠があったわけではない。 けれどアラシはここで場所を教えてもらえるだろうと、意味もなく思った。 「……知ってるよ」 少年はにこりと笑うと、アラシの荷物とリリーが持つ切符を見た。 そして、確信めいた口調で問掛ける。 「君も新入生?」 その声に反応したのだろうか、リリーがぱっと顔を上げた。 しかし状況はわかっているのか、何を言うわけでもない。 アラシは少年の問いかけに頷きで返し、「君も?」と尋ねた。眼鏡の少年は明るく笑って「そうだよ」と答える。 そして彼は、顔を上げたリリーを見てわずかに頬を染め、何やら意味不明に頷いた。 「僕の名前はジェームズ・ポッター。ホームの場所は知ってるから、着いてきて」 にこにこと言うだけ言うと、ジェームズは返事も聞かずに歩き出した。 アラシは慌ててあとを追い掛ける。 リリーも、自分のカートを押して、それに続いた。 「俺、アラシ・カンザキって言います」 歩きながらアラシが自己紹介すると、ジェームズは人懐っこい笑みを浮かべた。 「うん。よろしく、アラシ」 「私、リリー・エバンス。リリーでいいわ」 リリーが、ガタガタ音を立てるカートに負けないように大きな声で続いた。 ジェームズはさっきよりこわばった笑顔で応じる。 「よろしく、リリー。僕もジェームズでいいよ。良かったら、アラシもそう呼んで」 言い終わるか終らないうちに、彼は突然立ち止まった。 アラシは慌ててカートを引き戻す。 リリーはつま付きかけたが、カートに掴まって難を逃れた。 立ち止まった場所は、何の変哲もないホームの真ん中。 人々が、彼らの横をせわしなく通り過ぎて行く。 そして三人の前には、鉄柵があった。 「ホームへの行き方なんだけど――」 ジェームズはその柵へ何気無く向かいながら、口を開いた。 アラシはなんとなく着いて行けず、呆然と立ち尽くす。 リリーも同じだった。 「九番線と十番線の間の柵に……」 ジェームズが小走りになっていく。 「突っ込むんだ!」 鉄柵にぶつかる! そう思った瞬間、彼と彼のカートは跡形もなく消えていた。 アラシはジェームズが消えた鉄柵のあたりを、見開いた目で凝視した。 「アラシ、どうしよう?」 リリーが不安げに話しかけてくる。 アラシは一瞬迷ったものの、カートを持つ手に力を入れた。 「行こう」 息を呑み、鉄柵を見据える。 ジェームズを信じるしかない。 アラシはゆっくり足を踏み出した。 リリーがあとから追ってくる。 少しずつ小走りになり、恐怖と不安で瞼をきつく閉じた。 ――鉄柵に、突っ込む。 不思議な感覚が、全身に走った。 ――ああ、またあの人だ……。 ―「いいんじゃないか、コレ。名案だったなロウェナ」 ―「そうでしょう? カモフラージュにはもってこいだわ」 ――古い記憶。 ―「うん、これなら大丈夫だ。サラザールもそう思うだろう?」 ―「……別に」 「……ゴドリック?」 目を開けた時、飛込んできたのは紅の汽車だった。 「どうしたの、アラシ?」 リリーが心配そうに顔を歪める。 ジェームズの姿も、汽車の側にあった。 「なんでもないよ。少しビックリしちゃっただけさ」 そう答えると、リリーはほっとしたように微笑んで、汽車へと向かって行った。 アラシは、大きく深呼吸して彼女に続いた。 「ロウェナ? サラザール……?」 そんなことを、ブツブツ繰り返しながら。 - 04 - しおりを挟む/目次(9) |