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「ヘルガ……」
「なぁに、ゴドリック?」

朗らかに返事をする彼女の笑顔が眩しくて、思わず言いかけていた言葉を飲み込みかける。
しかし、これには耐えがたかった。
明らかに“使い方”を間違っている。
視界から笑顔を追い出して、口火を切った。

「ふくろう便というのは、本来遠い場所にいる魔法使い同士が使う手段であって、目の前にいる人間に出すものじゃない」

今しがた届いた、本日十数通目となる封筒を開けつつ諭すように、優しく。
しかしヘルガは、機嫌を損ねたように頬を膨らませる。
その手は、小柄なコキンメフクロウを撫でていた。

「いいじゃない、どう使おうと私の勝手でしょ」
「付き合わされる身にもなってくれよ」

手紙の内容を読むと、「お腹がすいたね」などという、あまり有意義とは言いがたい文が連なっている。
彼女が早くこの遊びに飽きてくれることを、切に願い、ため息を付いた。

― コミミズクの届け物 ―


その週の土曜日、ジェームズの罰則が決まった。
朝食の時にふくろう便で届けられた手紙を、ジェームズが厳格な口調で読み上げる。

「午後から地下室の掃除をすること。ただし、全てマグル方式」

どうやらマクゴナガルの口調を真似たようで、隣の席にいたシリウスが「似てるなお前」などとごちた。
今日は昼間の授業が無い。
代わりに、上級生達が数ヶ月に一度城を離れる日だ。ホグズミードの休日である。
そのため大広間のテーブルには、アラシたち一年生を含めた下級生しかいなかった。
いつもは賑わう昼食の時間も、空席が目立つ。
今頃上級生達は、休日の外出を思う存分楽しんでいる頃だろう。
緩やかな休日の昼食。アラシは、この雰囲気がどこか好きだった。

「マグル方式! イヤになるね、まったく。これもそれも、全部“エヴァンス”が悪い」

ジェームズが肩をすくめる。
そして彼は手紙を無造作にくしゃりと丸めると、ポケットへ突っ込み、大きなあくびをした。
リーマスが、彼のポケットを見て顔をしかめる。
しかしリーマスは息をひとつついて、紅茶を口に入れた。
熱いそれと共に注意の言葉をも飲み込んだであろうことは、想像に難くない。
ジェームズの罰則は自分のせいであるだけに、アラシは何も言えなかった。
苦く笑って、無言を誤魔化すように天井を仰ぐ。
ジェームズは再びリリーを嫌うようなそぶりを見せ、シリウスは前にも増してリリーや、その他の女の子を全員毛嫌いするようになった。
ピーターもどちらかというとジェームズやシリウスに同意したいらしく、ひっそりとジェームズの言葉に頷いている。
リーマスが何か言いかけたが、結局口を一、二度開いただけで言葉は出てこなかった。
アラシは、リリーを彼らほど嫌うつもりは無い。しかし、それでもあのしつこさには少々参っていた。
変身術を教えている最中、やけに絡んできたのは一体何なのか。
女の子というものは、まったくもってわからない。
ジェームズが愚痴るのを聞き流しつつ昼食を終える。
今日の“天井”は、視界いっぱいの青空だった。外が曇り空なだけに、おかしな気分だ。

「そろそろ時間じゃないの?」

リーマスが問いかける。
ジェームズは自分の腕時計を覗き込んで、重く息を吐いた。

「そうみたいだ。仕方ないから行ってくるよ」
「同情するぜ、ジェームズ」

シリウスが心底哀れとばかりに、顔をゆがめる。
ジェームズは力なく「ありがとう」と言って、席を立った。
ひょこひょこと黒い癖ッ毛を揺らしながら、広間を出て行く。
彼の昼食の皿が、テーブルに吸い込まれるようにして消えた。

「みんな、午後はどうするの?」

ピーターが言った。

「僕、天文学のレポートが終わらないから、図書館に行きたいんだ」

不安げに眉を下げた彼を見て、リーマスが瞠目する。

「それって、今日の夜提出のやつ?」

ピーターは申し訳なさそうに頷いた。

「先週の水曜日に出されたやつなんだけど……」
「まだ終わってなかったのか?」

シリウスが「呆れた」とつぶやく。
ピーターは肩を落とし、ますます落ち込んだ。
今にも泣きそうな顔だ。
食後の紅茶を飲み干し、アラシは励ますようにピーターの背中を軽く叩いた。

「手伝うよ、ピーター」

にっこり笑って言うと、ピーターの表情がいくぶんか明るくなる。

「あ、ありがとうっ」
「お互い様。君達はどうする?」

視線を、シリウスとリーマスに向けた。
ちょうど、四人分の皿がテーブルに消えていくところだった。

「俺はかんべん。手伝うのは、一人いれば充分だろ。ピーターもそんなにバカじゃない」

シリウスがさらりと言うのに続いて、リーマスも口を開く。

「僕もやりたいことがあるから……ごめんね、ピーター」

ピーターが「とんでもない」と首を振る。
午後の予定も決まり、アラシは早速立ち上がった。

「それじゃ、行こうかピーター。早くしないと、天文学の授業に間に合わない」

ピーターも頷いて立ち上がる。
そして移動しようと、体の向きを変えたその時だった。

「今頃ふくろう便?」

どこかのテーブルで、女の子がつぶやく。
それに驚いて、相変わらず綺麗な快晴の天井を見上げたアラシも、その影を見つけた。
確かにふくろうだったし、手紙らしきものも携えている。

「速達かな」

リーマスが言ったが、時間外に大広間へふくろうがやってくることは、入学してから初めてのことだった。
ふくろうを見上げて立ち尽くしていると、どうやらそのふくろうはグリフィンドール寮に用があるらしいことに気づく。
真っ直ぐ、こちらのテーブルに向かってきていたからだ。
同じ寮の二年生が、真上を飛んだふくろうを見上げてぽかんとした。
だんだん近くなってきて、ふくろうの種類がコミミズクだと確認出来るようになる。
そこまでくると、手紙の届け先がアラシたち四人のうちの誰かだということにならざるを得なかった。
肩越しに後ろを振り返り、心当たりが一番ありそうな人物を見る。

「シリウス宛じゃないの?」
「コミミズクに覚えは無いぞ、俺は」

シリウスが少々困惑気味に答えた。
どうやら他の二人も身に覚えが無いらしく、ますます近づいてきたふくろうを見て首をかしげている。
アラシがふくろうに視線を移すと、すでに目前だった。
コミミズクは、綺麗な弧を描いてわずかに翼を羽ばたかせ、軟着陸を決める――ピーターの頭の上に。

「ぶっ……」

シリウスが吹き出す。アラシもまた、思わずのどの奥で笑い声を立てた。
やけに間が抜けたように見えるのはなぜなのか。
ピーターは、驚きと困惑でおろおろと視線を泳がせている。
その腕が、頭の近く伸ばされたが、ふくろうが牽制をするようにピーターの手をつついたので、すぐさま降ろされた。
ピーターが助けを求めるように、視線をシリウス、リーマス、そして最後にアラシと順番に移していく。
重さで、首がわずかに前のめりになっていた。

「え、ええっと……っ」
「なんだ、ピーター宛だったのか」

リーマスが爽やかに笑った。

「ち、ちがうよ! 僕、こんなふくろうに見覚えも無いんだからっ」

慌てて答えるピーターと、その頭に落ち着いて座るふくろうとが、見事なまでに不釣合いで、それがまた笑いを誘った。

「ごめっ、ピーター……! おっかし……」

腹がよじれそうなほど痛い。
助けようという気は、まだ起きそうに無かった。
他の二人も同じようで、遠慮なく爆笑している。

「ひどいよ、みんな揃って! どうにかしてよ、このふくろう!」

ピーターが半ば涙目になりながら訴える。
そうした瞬間に彼の体が震えたのか、ふくろうが体制を崩した。
コミミズクは慌てて羽を動かして、ピーターの頭から落ちまいとする。
そして再び、頭の上に落ち着いて座った。ふてぶてしい顔だ。
シリウスがその様子を見て、さらに笑う。
リーマスなど耐え切れないとばかりに、テーブルをバンバン叩いていた。

「笑ってないで、早く降ろしてよッ」

ピーターが怒ったように叫んだが、まったく効果は無い。
そのあともしばらく笑ったアラシは、数分後になんとか笑いを治め、余韻で震える腕をピーターの頭に伸ばした。
コミミズクが、ずいと封筒を差し出す。
早く受け取れと言わんばかりだ。
アラシはまた笑いの衝動がこみ上げてきたものの、なんとか堪えて手紙を受け取った。
コミミズクはそれを確認すると、やっとピーターの頭から降りて、食べこぼしを啄ばみ始める。
笑いの原因がなくなったので、間もなくリーマスとシリウスも、笑うのをやめた。
ふくろうが座り込んだおかげで、ピーターの髪の毛はボサボサだ。
今ならジェームズといい勝負かもしれなかった。
ピーターはふてくされたように、椅子に座りなおしている。
それを横目で見つつ、シリウスが問いかけた。

「で、手紙は誰宛なんだ」

封筒をひっくり返し宛名を確認する。
その瞬間驚いて、目を見開いた。

「アラシ?」

リーマスが怪訝な顔をする。
アラシは確かめるように何度か読み直したが、間違いなくソレは自分宛なわけで。
まさか自分がこの変なコミミズクの持ち主と繋がっているとは、考えたくなかった。

「俺、宛。みたい」
「誰から?」
「ちょっと待って」

ピーターが堅い声で言う。
どうやら本格的にふくろうの飼い主のことを怒っているようだ。
封を開けて、中に入っていた黄ばんだ羊皮紙を取り出す。
メモ程度の大きさのそれには、短く一文が書かれていた。
それを読んで、ため息を付く。
確かに“彼”なら、こんなコミミズクを持っていても不思議は無い。

「ごめん、ピーター。天文学は手伝えそうにないや」
「ええっ」

ピーターが先ほどの態度とは打って変わった、悲鳴を上げた。
続いてリーマスが「どういうこと?」と詰め寄ってくる。
アラシは羊皮紙を三人にも見えるようにひらりと振り、力なく笑った。

「校長からお茶のお誘い」
「は……?」

シリウスがぽかんとする。
アラシは手紙をテーブルにおいて、良く見えるように彼の方へ向けてやった。

“午後のお茶をガーゴイルと共に。 A .D”

シリウスが怪訝そうに眉を寄せる。

「これのどこが校長からなんだよ」
「A .Dってあるだろう。アルバス、ダンブルドア」

“A.D”と書かれたところを示しながら説明したが、シリウスはさらに顔を険しくさせた。

「A・Dなんてイニシャル、どこにでもある。文も意味解らねーし」
「ガーゴイルがポイントだよ」
「ガーゴイル?」

ピーターが首をかしげる。
その横で、リーマスがこちらに目配せをしたのがわかった。
校長室の入り口を知っている者には、簡単な謎解きだ。
――ガーゴイル像の前で待ち合わせ。
アラシはリーマスに軽く笑い返した。

「良ければ一緒に校長室に行ってみない?」
「いいのか?」

シリウスが即座に目を輝かせる。
相変わらずの好奇心だ。
アラシは頷いて、ピーターを見た。

「ピーターはどうする?」
「レポートが終わらないし……」

ピーターは目を伏せた。行きたいけど、行けない。
彼の心情が手に取るようにわかる。

「校長室でレポートをやるのはどうだろう」

そう提案すると、ピーターは俯き加減だった顔を上に勢い良く上げた。
そして何度も、頷く。

「うん、行くよ!」

その様子にくすりと笑って、最後に確信している相手を見る。
リーマスはコミミズクのために、食べこぼしを一箇所に集めている最中だった。

「リーマスももちろん?」
「そうだね。お茶菓子も楽しみだ」

こちらに向きもせずにリーマスは答えて、コミミズクの背を撫でる。
アラシは短い一文が書かれた手紙を引き寄せて、杖を取り出した。
不便なことに、インク瓶も羽ペンも持ち合わせていない。今日は授業が無いので、当たり前だ。
何度か杖先で紙をつついてやると、達筆に書かれた手紙の文字がうねうねと動き出した。
三人が、興味深そうに羊皮紙を覗き込んでいる。
やがて、黒いインクは別の文字を形取り、最後にアラシの署名が浮かんだ。

“友人と一緒に二時半ごろお伺います。 カンザキ”

「すげ……」

シリウスが感嘆の声を漏らす。
同じ要領で、封筒の宛名も校長に変えると、あらかた食べこぼしを片付けたコミミズクにそれを預けた。

「着地はぜひ、校長の頭の上でお願いするよ」

冗談で告げたのが、ふくろうは真に受けたらしく、生真面目に一声鳴いた。
ピーターが「しばらく降りないでいいよ」と付け加える。
どうやら相当根に持っているようだ。
ふくろうはそれにも了解したのかもう一度短く鳴いて、ふわりと跳んだ。
そのまま、今度はリーマスの頭に乗る。

「わっ」

リーマスが声を上げたときには、すでにそこから大広間の出口へ飛び立っていくところだった。

「ありゃ、育て方を間違えてるんだな」

シリウスが感慨深げに呟いた。
リーマスも自分の頭を押さえながら、それに頷く。
コミミズクはとんでもないしつけをされたに違いなかった。
大広間に残っていた生徒が、ちらちらとこちらを見ている。
時間外のふくろう便が何だったのか知りたい連中だろう。
アラシは視線を無視して、座ったままのピーターに言った。

「それじゃ、ピーター。時間まで出来るだけ天文学をがんばろうか」
「二時半までチェスをしてちゃ――」
「駄目だよ、もちろん。それまでに終わるかもしれないだろう」

問答無用で言葉をさえぎると、ピーターは諦めたのか、無言で息を吐いた。


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