36


「何をしたんだ」

呆れ顔の友人に、答えた。

「ちょっとからかい過ぎた」

彼女の背を見つめて笑う。

「ロウェは怒りっぽいからなぁ」

友人はため息をついて、それから薄く微笑んだ。

「全く、飽きないな。お前らは」

― 防衛術のレポート ―


リーマスと仲直りしたその日から一ヶ月。
秘密を共有することで妙な連帯感が生まれ、アラシとリーマスはそれまで以上に親しくなっていた。
もちろん、ジェームズやピーター、シリウスとも以前と同じように行動を共にしている。
もうすぐ秘密を知ってから二度目の満月が迫っていたが、それを気にしているのはアラシのほうで、リーマスはいたって平静だ。
彼はここ六ヶ月もの間、ひとりでその日をやり過ごしてきたのだから当然と言えば当然である。

「防衛術のレポート終わったかい?」
「ああ、アレ? 俺はもう終わった」

本日最後の授業も無事終わり、四人は寮に戻ろうと階段を登っていた。
先頭はジェームズ、その隣にシリウス、その後ろにピーターと続き、アラシとリーマスがその後に並んでいる。

「僕も終わったよ」

穏やかに言ったのはリーマスだった。
アラシはまだ終わっていない。
仲間が欲しくなりピーターに問いかける。

「ピーターは?」
「一応。でも、また減点だろうなぁ」

ため息をつくピーターに、シリウスがにやりと笑った。

「ジェームズよりゃましだろ。こいつ、前日に徹夜タイプだかんな」
「余計なお世話だよ。いいじゃないか、終わらせるんだから」
「じゃあ、終わってないのは俺とジェームズだけか」

アラシが呟くと、ジェームズが勢い良く振り向いた。

「アラシ終わってないのかい!?」
「どうも苦手で」

なんでそんなに嬉しそうなのさ、と内心思いつつジェームズに答える。
ジェームズは歩きながら、器用にアラシのほうへ近づくと、無理やり手を握ってきた。

「よっし! 僕と一緒に図書館決定だね!」
「なんでそうなるの」
「これは終わっていない者同士の宿命だよ」
「……そんな宿命やだよ、俺」

しかし言ってみたところで、ジェームズは強引に引きずっていくだろう。
離さないぞ、とばかりにぐぐっと手に力が入る。痛い。
アラシはため息をついて、仕方なく頷いた。

「二人でやったらはかどるかもね、もしかしたら」

ジェームズはそうそうと頷き返してくる。

「頑張ってね」

リーマスが短く言った。

「それじゃ、寮に戻ったらもう一度下に下りて図書館に行こう」
「今日防衛術あれば、こんな面倒くさいことしなくていいのにね」

ジェームズの提案に、アラシは苦く笑った。
シリウスが相変わらず前を向いたまま茶化してくる。

「ま、それも宿命だな」

返す言葉が見つからないアラシだった。

 ***

図書館に行くまでアラシとジェームズは他愛の無いおしゃべりに花を咲かせていたが、その扉を開けると同時に口をつぐんだ。
静かなその空間は、わずかな笑い声でさえ妙に目立つことを彼らは知っている。
二人は適当なテーブルに荷物を置いて、資料を探しに関連の本棚へ向かった。
声音を低くして、時折話をしながら参考になりそうな本を引き抜いていく。
三冊ほど持ったところで、テーブルに戻り、羊皮紙と教科書、本を広げた。

「さて、始めようか」
「うん」

ジェームズが言うのとほとんど同時に、アラシはインクの瓶のふたを開けていた。

「わからないところがあったら、教えあう感じで」
「俺、文書作成って苦手なんだよなぁ」

憂鬱にアラシが呟けば、ジェームズは一瞬目を見開いてそれから意外そうに言った。

「そうなのかい?」
「昔からどうもね。レポートなんかより、実際に杖振るほうが好きだよ」

肩をすくめると、ジェームズは目を細めて笑う。

「へぇ」
「へぇって、何。なんかバカにされた?」

羽ペンにインクをつけながら冗談半分で問いかけると、思わぬ答えが返ってきた。

「いや。意外な一面だな、と」
「それはどうも。頭では理解できても、文章に出来ないんだよね俺。ってことで、そのときはよろしく」
「了解」

それきり、二人はレポート作成に没頭することにした。
アラシは何度か行き詰まり、ジェームズに助けてもらいながら、なんとか形になった。
羊皮紙の一番下に自分の名前を書いて、ふ、と息を吐く。

「終わったー」
「お疲れ様」

五分ほど早く仕上げていたジェームズが、にこりと笑って本を閉じる。
アラシも教科書を閉じ、羽ペンの先を拭きとった。

「うん、なんとかなったね。おかげで助かったよ」

インク瓶のふたを閉じながら言えば、ジェームズは羊皮紙を丸めていた手を止めた。

「なんか助けてもらうつもりが、逆になって変な気分だよ、僕は」
「あはは。今度から俺、ジェームズ頼ることにしよう」
「うわぁ」

ジェームズが悲鳴めいた声を上げながら、立ち上がる。
アラシもまた腰を上げた。
窓の外はもう暗くなりかけていて、あと一時間もしないうちに夕食だ。

「寮に道具を片付けに行って、また大広間か」

時計を見ていたジェームズが言った。
嫌そうに眉を寄せている。

「一体今日は、何往復するんだろうね」

アラシもさすがに七階と一階を行ったり来たりするのはうんざりだった。
階段は気まぐれだし、ところどころ妙な「穴」が空いてるし、探検するならいいが、ただ通るには面倒な道のりである。

「何往復目かはわからないけど、あと一往復半かな」

ジェームズがため息まじりに答える。
本をまとめ、元の棚に戻そうとジェームズと並んで歩き始めたアラシは、横目で友人を見ながらぽつりと呟いた。

「君が夜中に抜け出そうなんてことを考えなきゃね」
「今日はやめとくよ」
「それはよかった」

実は、このジェームズ・ポッターという友人は、魔法界でもあまり見ない珍しい道具を所有している。
体を覆えば、目にみえなくなる“透明マント”という代物だ。
彼はそれを駆使して、時折アラシたちを巻き込みながら夜中に城を徘徊する危険な行動を繰り返していた。
シリウスなどは面白がっているし、アラシだって嫌いではなかったが、減点されるという危険を考えると、模範的な生徒とはいえない。
それだけでなく、次の日は寝不足と言うオマケまでついてくるので、リーマスは特にいい顔をしなかった。
棚に本を戻し終えて、アラシとジェームズはさっさと寮に戻ろうときびすを返した。
と、そこで見覚えのある顔を見つける。
あちらもアラシに気づいたらしく、複雑な表情になった。

「ミスター!」
「え?」

ジェームズが声を上げたが、そのときアラシは彼に歩み寄っていた。

「久しぶり。授業以外で会うのは、二ヶ月ぶりってところだね。元気だった?」
「ああ、まあな」
「ミスター・スネイプも防衛術のレポートをしに?」
「そんなところだ」
「もう終わった?」
「まあな」
「俺もさっき終わったところだよ」

かなり一方的な会話だったが、アラシはそれで満足だった。
彼と話すときはたいていそうだったし、話を聞いていないのではなく自分から話をしないだけなのだと理解している。

「同じところかな。結構手間取るよね」
「まあ、前回のよりは……」
「特に、魔法の効果なんかはなかなかまとまらなかったよね」
「そうか?」
「あ、ミスターはそうでもないのか。俺、ちょっと苦手でさ。これから寮に戻るところ?」
「いや、本を読んでいようかと思っている。わざわざ戻るのも面倒だ」

アラシは名案を聞いたと、顔を輝かせた。
その手があった。別に教科書だのなんだのはそれほど荷物でもない。
そのまま大広間に行っても、差し支えないだろう。

「それもそうだね。俺もそうしようかな。どうする、ジェームズ? そしたらあと一往復で済むよ」

後ろにいるジェームズを振り向くと、彼は驚いた顔のまま固まっていた。

「……ジェームズ?」

不審に思ってもう一度呼ぶと、彼ははっと目の焦点をアラシに合わせる。

「えっとアラシ? そこにいるのはスリザリンのスネイプかな。まさかとは思うけど」

ジェームズのどこか焦ったような、困ったような声で、アラシは気づいた。
そういえばハロウィーンの時、相当酷く彼らは嫌い合っていたはずだ。
それだけではない。十二月の雪合戦だって、スネイプと友人だったのはアラシだけである。
ずいぶんとそういうごたごたとは縁がなかっただけに、アラシはすっかり忘れていた。
自分がスネイプと親しかったから、寮同士の固執など概念になかったのだ。
アラシはジェームズに向き直ると、改めて言った。

「セブルス・スネイプだよ。君の言うスネイプが、そういう名前ならね」

ジェームズの顔がさらに複雑になる。

「ええと、君はそのあー……“そこの人”と結構仲いいんだ?」
「うん」

事実だ。
ジェームズは唸るような声を上げて、ちらりとスネイプのほうを見た。

「で、“そこの人”は、あー……アラシを友人だと?」
「……答える義務はあるのか」

またそんなひねくれた返事を。
アラシはスネイプを見て困ったように笑った。
そんな風だから、仲良くなれないのに。

「少なくとも、俺のほうはそう思ってるよ、ジェームズ」

代わりに答えると、ジェームズはますます困り顔になる。

「……僕はこれで失礼する」

気を遣ったのか、それとも自分が気まずかったのか、スネイプはくるりと方向転換して別の本棚のほうへ行ってしまった。

「あー……行っちゃった。せっかくだから、時間まで話そうと思ってたのに」

独り言を呟いた直後、ジェームズがいつの間にか隣に立っていることに気づいた。

「アラシはスネイプなんかと話していて楽しいかい?」
「昔の親友に似てるんだ。もちろん、それだけじゃないけど」

そう答えると、ジェームズは深いため息をついた。

「君の事は好きだけどね、アラシ。僕はスネイプとは一生仲良くなんかなりたくないよ」
「そんなに嫌い?」

苦笑交じりに問いかけると、ジェームズはふんと鼻をならした。
決まっているじゃないか、とでも言いたそうだ。

「大嫌いだね。ああいう自分が一番大事っていう考え方、どうにも理解出来ないんだ」
「あー……そう見えるのか、やっぱり」
「そう見えるも何も、そうじゃないか」
「うん、まあ。基本的には彼の気質ってそうだし、目的のためには手段選ばないし、一歩間違えるととんでもない道に行っちゃいそうだけど」

我ながらぼろくそ言ってるよなぁ、本人の前では絶対にいえないなぁ。
などと考えながら、アラシは続ける。

「でもさ、それが長所だよ。勉強家だし、自分に自信をもてるのは魔法使いとして重要だと思わないかい」
「……アラシって時々わからないね」

途中まで頷いていたジェームズだったが、後半の部分には不機嫌な顔に戻っていた。
いつまでもこの話題を話していても、埒が明かない。
アラシは現実的なことを切り出した。

「で、どうしようか。寮に戻る? それともここで時間つぶしする?」
「スネイプがいるから、寮に戻るよ」

当然、といわんばかりにジェームズは即答する。

「はいはい。じゃ、俺ミスターと話してくるよ」
「……君、人の話聞いてたかい?」

ジェームズが呆れたように言ったので、アラシは笑顔でかえしてやった。

「聞いてたよ。君は寮に戻る、俺は図書館に残る」
「それはそれで嫌だな」

気に入らないらしい。
アラシは笑顔のまま、彼に告げる。

「俺は今更、彼の友人をやめるつもりはないし、君の友人をやめるつもりもないよ」
「すっごい無理言ってないかな、それって」

ジェームズは納得がいかないのか、なおも食い下がってくる。
言外には、スネイプと今すぐ縁を切れと聞こえるようだった。
アラシは目を細めた。
そういえば、ハロウィーンの時も同じようなことを話した気がする。

「二択はやめて欲しい。俺には、選べないから」

ジェームズは長いため息をつくと、わかったよと小さく言った。

「僕は寮に戻る。君は、スネイプと図書館に残る。また夕食の時に」

簡潔にそれだけ言って、ジェームズはレポートをしたテーブルに行ってしまった。
彼が荷物をまとめて扉に向かうところまで見たところで、アラシは彼から視線を外し、スネイプを探すことにする。
夕食の時間が近いためか、図書館にいた生徒達は少なくなってきていた。
隅のほうの個人席にスネイプが座っているのを見つけて、早速そちらへ向かう。

「やあ」

隣に座ると、スネイプはこちらを見ないまま、言った。

「……寮には戻らないのか」
「ミスターの名案に乗ろうと思ってね」

スネイプは無言だったが、その目はもう本の活字を追っていなかった。

「また何かゴタゴタが起きても知らないぞ」

ぽつりと言ったために、聞く人が違えば独り言と思われたかもしれない。
けれどアラシは、それが自分に向けられた言葉だとわかった。

「またって……ああ、リーマスのこと? うん、あれはさすがにきつかったなぁ」
「ルーピンのこともあるが、休暇のときもお前はひとりでゴタゴタしてただろう」

視線は相変わらず、スネイプは本の上、アラシは彼の向こうの窓の外。

「……気づいてたんだ」
「あそこまでクマを作った奴がいれば、嫌でも目に付く」
「あーあれも酷かったからなぁ。心配してくれてたりした?」
「……」

無言は肯定のようだった。
小さく笑って、アラシは冗談交じりに続ける。

「ジェームズと喧嘩したら、また心配してくれるのかな?」
「……僕が原因というのは、いささか居心地が悪いな」

誰だって思うだろうことを、スネイプは口に乗せた。
それもそうだと、アラシは頷く。

「喧嘩にならないように気をつけるよ」
「ああ」

スネイプはそろそろ読書に戻りたいのかもしれない。
短い返事にそんなことを思ったが、久しぶりに顔をあわせたためアラシはいつもより饒舌だった。

「でもさ、前にも言ったけど、どうしてこの二つの寮って――」
「カンザキ、僕は相談には乗らないぞ」

言いかけたところをさえぎられる。
アラシはううん、と冗談っぽく唸った。

「……先手打たれたか」
「読書中だ」

相変わらず、そっけない返事である。

「うん、でもさっきから進んでないよ」

笑って言えば、思いのほか真面目に返されてしまった。

「誰のせいだと思っている」
「俺?」
「それ以外に原因は見当たらないな」

さすがにここまで言われてしまうと、話しかける雰囲気ではなくなってしまう。
しばらく粘ってみたが、どうやら本格的に集中し始めたらしく、スネイプは一言も話しかけてこなかった。
アラシは仕方なく席を立つと、置きっぱなしの荷物をとりに、最初のテーブルに向かった。
そこには他の生徒が座っていたが、荷物はきちんと元の場所においてある。
それをまとめて時計を見ると、そろそろ夕食の時間だった。
スネイプのほうへ視線を滑らせたが、彼は相変わらず本に没頭している。
このままいくと食べ損ねるのではと思ったが、ふと彼は本を閉じて立ち上がった。
どうやら、そこまで忘れっぽくはないらしい。

「一緒に行くと、またうるさそうだしなぁ。誘うのはまた今度にしよう」

廊下を一緒に歩いてみたいものだが、何しろ仲の悪い寮同士である。
アラシが良くても、スネイプのほうが嫌がるだろう。
アラシは今日の夕食はなんなのか想像しながら、大広間に向かって歩き出した。
そろそろ、ジェームズ達も広間に行く頃だ。


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