37


「寮を競わせるなんて」

悲観的に言ったのは、優しいヘルガ。
けれど、彼女以外は全面的に賛成だった。

「生徒達にも覇気が出るね」

こちらは笑って提案に答えれば、サラザールは満足そうに頷く。

「何も悪いことばかりではないのだ、ヘルガ。共に競い合えば、より高みに上ることが出来る」
「そうね。競う相手がいれば、自然とやる気も出るわ」

ロウェナも賛成して、残るはヘルガの答えを待つばかりだった。
彼女は困ったように周りを見回して、拗ねたように顔を伏せる。
いい年をしてそれはないだろうと思いながらも、何故だか彼女がやると画になるから不思議なのだ。

― 獅子と蛇 ―


広間に向かおうと廊下を歩いていると、前方からこの学校では見慣れた影が向かってきた。
半分透けて向こう側が見え、その足は地につかずふわふわと浮遊する人間。
――ゴーストだ。
最初驚いていた一年生も、彼らの存在にはもう慣れきってしまっている。
もちろんそれは、半年ほど前に入学したばかりのアラシだって例外ではない。
だから彼は、いつもどおり軽く会釈をして通り過ぎようとしたのだ。
なんたって、広間には空腹を埋めてくれる食事が待っている。
しかし彼の足は、その影が“誰”なのかわかったところでぴたりと止まった。
その口元は、意地悪く端が上がる。

「ファウェット」

ゴーストが脇を通り過ぎようとした瞬間、その名を呼ぶ。
口にしてみれば、やけに言いなれた響きのようだった。
呼ばれた当の本人は、くるりとこちらを向いたがその初老の顔には困惑の色がある。
当たり前だ。
“アラシ・カンザキ”とは、これで二回目の顔合わせだったし、一度目は冬に入る前のことなのだから。
覚えているはずが無い。

「えーと、坊ちゃん? 失礼ですが、私はあなたのことを覚えていないようだ」

困ったように愛想笑いをする旧友に、アラシは小さく笑った。

「ファウェット・ライデニーネ伯爵ですよね?」
「ええ、確かに私の名前はファウェット・ライデニーネですが。あなたは?」

ゴーストの向こう側で、生徒達が足早に大広間へ向かっていく。
ファウェットの腰の辺りの向こう側の様子をぼんやりと見てから、アラシは視線を彼の目へ据えた。

「アラシ・カンザキ」
「よろしくお願いします、ミスター・カンザキ」

山高帽をひょいと上げて、その薄い髪をあらわにした彼は人が良さそうに笑った。
変わらない。ずっと、前から。

「こちらこそ、伯爵」

アラシも笑い返した。
さて、どうしたものかと、考える。
冬休みの前だったら、自分の正体を明かすようなことはしなかっただろう。
あの頃はただ押し隠して、知られることを恐れていたように思う。
例えそれが、ずっと以前友人だった彼であっても。
アラシは一拍ほど間を置いてから言った。

「今、時間はありますか?」
「ええ、ゴーストは気ままなものです。私でよろしければ。夕食に遅れてしまいますが」
「すぐにすむよ。本当ははじめましてじゃないんだ、俺たち」
「は……?」

その年配の顔に似合わず、きょとんとした表情がどこか滑稽に見える。
アラシは目を細めて付け加えた。

「千年ぶり、ファウェット」

しかし逆に言われた相手は、怪訝に眉を寄せた。

「からかっていらっしゃるんですか?」
「まさか」

実は半分そうだなんて口が裂けてもいえない。
代わりにアラシは、にっこりと笑った。

「……申し訳有りませんが、私はあなたの冗談に付き合う時間は持ち合わせていません。いくらゴーストが気まぐれで気ままでも、そのような話でしたら失礼させていただきます」

そう言うなり、ファウェットはわざとアラシを通り抜け(もちろん悪寒が走った)、廊下を行ってしまった。
そのどこか憤慨した様子の後姿を見て、アラシは小さく笑い声を上げる。

「ま、いっか」

どっちにしろ、信じろと言う方が無理なのである。
リーマスのように簡単に受け入れてくれる方が稀なのだろう。
アラシは再び、のんびりと大広間へ向かい始めた。
途中でジェームズ達四人と会って、一緒にテーブルに向かった。
来るのが多少遅かったため、奥のほうへ行くことは出来ず、入り口近くの端の席に腰を下ろす。
それと同時に、テーブルには食事がずらりと並んだ。

***

「スネイプの野郎と何を話すんだ、お前」

食事中のふいな質問に、危うく喉が詰まりそうになる。
慌ててゴブレットの水を飲み干すと、アラシは質問してきたシリウスへ視線を向けた。

「何、いきなり」

シリウスは肩をすくめて、その切れ長の目をジェームズのほうへ向ける。

「こいつが、ずいぶん気にしてたからな」
「シリウス!」

ジェームズが目を見開いて彼の言葉をさえぎったが、ばっちりアラシには聞こえてしまった。
驚いてジェームズを見ると、照れ隠しなのか悔しいのか、そっぽを向いている。

「で、どうなんだよ」
「僕も気になるな。スネイプって口を開けば嫌味だから、会話続かないんじゃない?」

さりげなく援護射撃をしたリーマスの物言いは、大分毒舌だ。
確かに言われて見れば、そんな気がしないでもないアラシだったが、ここは一応彼の自称友人として弁解するべきだろう。
と、思考はちょっとおかしな方向へ進む。

「別に、普通だよ。レポートのこととか、最近の出来事とか」
「……想像できないよ、アラシ」

ピーターまでそんなことを言う始末で、アラシは何もいえなくなってしまった。
彼らの言うとおり、スネイプはどちらかというと無口だし、口も悪いし、態度も悪い。
おまけに人をバカにしたような表情をするので、他寮には彼らのような敵ばかりだろう。
スリザリンの中では、遠巻きに尊敬されている。
頭も切れる優秀な成績、物知りで狡猾、さらにはグリフィンドールの生徒へぐうの音も出ないほど的を得た皮肉攻撃。
先輩(特にマルフォイ)には気に入られているようだったし、さらにそれが他寮の友人が出来ない理由なのだろう。
それでもアラシは、スネイプを憎めないのだった。
第一、彼と接してみればわかるが、結構というかかなり優しいところがある。
一度懐に入れてしまった相手には、相当甘くなるに違いないのだ。
そうでなければ、スリザリン内であんなにもてはやされるわけがなかった。

「……彼にも、いいところがあるんだよ」

ぽつりと呟くと、ジェームズがちらりとアラシのほうを見た。

「悪いところだらけじゃないか」

同じく呟きで返される。
アラシはまっとうに会話をしようとしないジェームズにむっときて、眉を寄せた。

「確かにそうだけど、俺たちだって悪いところくらいあるだろう」
「なんでお前は、そんなにあの野郎をかばうんだ」

今度はシリウスだ。
アラシはさすがにうんざりしてきて、深くため息をついた。
だんだん雲行きが怪しくなってきた。

「友達だからね。ちょっと一方的だけど」

スネイプはたとえ問い詰められても、友人だとは言わない気がする。
ぼんやりとそんなことを考えた。
ジェームズが今度はしっかりと前に向き直って言った。

「僕たちも友達だろう?」
「そりゃそうさ。リーマスとは親友かな。それとも、こっちも一方的だったりして」

リーマスに視線を向けて冗談交じりに答えてみたが、一度始まってしまったこの論争は収まりそうも無い。
リーマスもリーマスで、困ったように笑うだけなのだ。
納得のいかない顔をするジェームズとシリウス、困惑気味のリーマスとピーターを順番に見て、アラシはサラダをつついていたフォークを置いた。

「前にも言ったけどね。特にジェームズには今日二回目」

びくりとジェームズの瞳が揺れた。

「二択はやめて欲しい。ミスターと友達なら、君達と友達にはなれないのかい? 俺と君達は友達だし、俺とミスタースネイプも友達だ」

しかし予想外にも、返事はシリウスの罵声だった。
彼はだから、と間延びさせ、まるで幼子を諭すような口調で言う。

「だーかーら、それが気に入らないんだよ。俺たちのひとりがあの野郎とおてて繋いで仲良くしてるのが、胸糞悪いの。わかるか?」
「手はさすがに繋がないけど」

今日のシリウスはやけに喋るなと、アラシは場違いに思った。
ピーターが止めに入らないところからして、どうやら彼もこの意見に同意らしい。
シリウスは、ナイフを持った手をびっとこちらに突き出した。
危ないことこの上ないが、どうやら熱弁中の彼の頭には、そういった概念が抜けているらしい。

「例えだ例え! いいか、アラシ。お前は甘い。どっちかしかないんだよ。グリフィンドールか、スリザリンか。まっとうに生きるか、闇に落ちるかだ。俺とジェームズは、グリフィンドールを選んだ。ピーターもリーマスもだ。お前だってそうだろ。自分で選んだのか、選ばれたのかは知らねェが、グリフィンドールに入ったんなら、スリザリンとは仲良くするな」

言い終わると満足したのか、ナイフをひっこめて食事を再開し始める。
つまるところ、彼の考えはアラシの考えとは真逆らしかった。
多少なりとも、生い立ちが関係していることが伺える。

「ずいぶんと極論だね」

思わず漏らすと、にらまれてしまった。
もごもごと口いっぱいにチキンをほおばっているからあまり恐くは無かったが。

「僕も極論過ぎるとは思うけど、シリウスの考えは大体正しいと思うよ」

リーマスがぼそりと言った。
ジェームズやピーターも、まんざらでもないらしい。
というか、言いたいことを全てシリウスが言ったのか、三人とも妙にすっきりとした顔をしている。
アラシは二度目のため息をついて、再びフォークを取った。

「つまり、君達はこう言いたいわけだ。“セブルス・スネイプと仲良くするなら絶交だ”」

これには驚いたらしく、四人とも目を丸くしている。

「な、何もそこまでは……」

ピーターが言いよどんだが、その先は出てこない。
アラシはサラダをほおばり、いつもより大袈裟にかんでみた。
ごくりとそれを胃へ送ると、四人を見回す。
視線をそらそうとはしなかったものの、どこか気まずそうだ。

「俺はそれでかまわない」

そう言って見せれば、さすがに慌てたのかリーマスが口を開いた。

「僕たちがかまうんだよ。出来れば、スネイプとのほうを切って欲しいんだ」

あまりにも勝手な言い分である。
どこぞの独占欲が強い女かよ。
年に似合わない思考をしながら、アラシはじっとリーマスを見た。

「――って、言ったら、さすがに焦るんだね」
「え?」

四人同時に間抜けな声を出す光景は、少しおかしかった。
アラシは、わざとへらりと笑って見せた。

「そんなこと言わないよ。俺だってかまう。――だけど、ミスターとは今までと同じだ」
「……何の解決にもならないじゃないか」

ジェームズが力が抜けたように、テーブルに突っ伏す。
アラシは小さく笑い声を上げて、食器から手を離した。これは食事が終わったからだ。

「そういうもんだと思ってくれればいい。俺はグリフィンドールだし、彼はスリザリンだけど、何故か友達だって。なんなら、ホグワーツの七不思議の噂でも流すかい?」
「あのなぁ……」

だんだんと冗談じみた雰囲気になっていることに呆れたのか、シリウスのほうは半ば諦めた風に脱力している。

「七不思議の方は面白そうではあるけどね、アラシ。なんかもう、疲れるなあ……」

リーマスがぼやきながらも、どこかほっとしたように笑みを浮かべた。

「アラシって、結局自分の意見を通したいだけなんだね……」

ピーターも諦めたのか、それともリーマス同様疲れたのか、どちらともつかない笑い方をする。
きっと両方だ。

「ま、これで一件落着ってことで」
「ひとつも片付いて無いよ、アラシ」

最後のジェームズの言葉は、すっぱり無視することに決めたアラシだった。
席が端だったことも有り、この会話は誰にも聞かれなかったのが幸いである。


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