05 ゴドリック・グリフィンドールの記憶を持つ者――……。 ― ホグワーツ特急 ― 紅の汽車が出発する。 その一つのコンパーメントに、アラシはいた。 「サラザール? ホグワーツの創設者の一人だよ。サラザール・スリザリン」 ジェームズがきょとんとした顔で、カエルチョコレートを頬張った。 アラシは百味ビーンズをごくんと丸ごと呑み込んでしまった。 おかげで、青草味にも関わらず、その苦味に顔をしかめることはない。 「アラシは、創設者のこと知らないんだよね?」 ジェームズの問いに、アラシは黙って頷いた。 つい先日までマグルだったのだ、知るはずがない。 「じゃあなんでサラザールの名前、知ってるのさ」 カエルチョコレートに付いてきたカードを見て舌を打ち、ジェームズはカボチャジュースをごくごく飲む。 アラシは百味ビーンズをちまちま食べながら、彼の言うことを理解しようと必死だった。 けれど、説明に困る。 夢で見たなどということは、魔法界でもおかしい――に違いない。 ふと、もう一つ“聞いた”事にアラシは気付いた。 「もしかして、ロウェナっていうのも創設者……?」 ジェームズが、カボチャジュースを吹き出しそうになった。 彼は慌てて飲み込み、ゲホゲホと大袈裟なくらいむせる。 そして大きく息を吐き、コホンと改まった様子でせき払いする。 「ロウェナ・レイブンクロー。レイブンクロー寮の創設者さ」 だからどうして知ってるの、とジェームズは不思議そうにアラシを見た。 アラシの方がそれを知りたい。 アラシはあまり頭が悪くも無かったので、二人の創設者を聞いて憶測した。 「じゃあ、ゴドリック・グリフィンドールも……」 小さく呟いた。 独り言だったが、聞こえてしまったらしい。 「創設者だぜ。グリフィンドール寮の」 相席していた、シリウス・ブラックと名乗る少年が出し抜けに言った。 アラシが隣を見ると、彼は窓の外を眺めている。 虚ろな灰色の瞳が、窓の反射ごしに見えた。 「ありがとう、ブラック君」 アラシは礼をのべたものの、気分は晴れやかでは無かった。 知っているはずが無い名前。 奇妙な夢。 それなのに、自分は魔法界のこともこれから行く学校のことも知らない。 明らかに、ジェームズやブラックより劣っている。 「じゃあ、寮は全部で三つなの?」 少しでも聞いておこうと、そう尋ねた。 ジェームズとブラックが、驚いたようにアラシを見る。 また正解かな、とアラシは嬉しくもなく心の中で呟いた。 百味ビーンズを口へ投げ入れ、噛み締める。 「もっ」 も? 唐突に別の声がそう言った。 同じく相席していた、ピーター・ペティグリューだ。 自己紹介以外ずっと黙っていたので、いきなり会話に参加したことにアラシは驚いた。 「もっもう一人いるんだ。ヘルガ・ハッフルパフ……ハッフルパフ寮の創設者」 ピーターはどこか遠慮がちに説明して、へらりと頼りなく笑う。 アラシは釣られてへらりと笑い返し、彼にお礼を述べた。 「アラシ、ヘルガの事だけどうして知らないんだい?」 ジェームズが身を乗り出して問いかける。 その瞳は、少年の好奇心でいっぱいだった。 その勢いに百味ビーンズを再び丸呑みしてしまう。 アラシは三度ほど頷き、彼の問いに答えようとした。 「だって、聞かなかっ――」 言いかけて、慌てて口をつぐむ。 『聞かなかったし』 一体、誰に? 夢の中のあの人に? それとも、ただの妄想で? 「『聞かなかった』?」 隣から恐れていた質問が飛び込んできた。 ブラックが、不思議そうにこちらを見ている。 けれどその表情は、どちらかというと「誰に」というより「どうして隠すんだ」――と語っていた。 しかし混乱してしまったアラシは頷くことも、否定することも出来ず、ただ困惑して視線を落とした。 思いも寄らぬ、ピンチだった。 「答えたく無いならいい。悪かったな、流してくれ」 ブラックは申し訳なさそうにそれだけ言うと、アラシからふいと視線をそらした。 再び、窓の外を睨むように見つめる。 驚いて、その様子をぽかんと眺めていると、ブラックはぽつりと呟いた。 「それから、シリウスでいい。名字は好きじゃないんだ。俺も、アラシって呼ぶから」 アラシは安堵の溜息をついて、窓越しに彼に微笑みかけた。 先ほどの“ヘルガ”の件でのお礼も兼ねて。 「了解。シリウス」 「お前もだ、ジェームズ」 ブラック――シリウスは、それで緊張が解けたのか、先ほどよりずっと砕けた調子で笑ってみせる。 元々彼は顔立ちがいいが、そうしていると数倍ハンサムに見えた。 ジェームズがニッと笑って、親指を立てる。 「了解」 ペティグリューは元々シリウスと知り合いらしく、さもおかしそうにクスクス笑いをしていた。 そして、アラシとジェームズに向かって、金髪の少年は頼りなさげに笑った。 「ぼ……僕も、あの、ピーターで、いいから……その、君たちの事を名前で呼んでも?」 そして、ペティグリューは、勇気を振り絞ったかのように緊張した声を上げる。 顔が真っ赤だ。 シリウスが苦笑したのが見えた。 アラシはにっこり笑って、彼に答えた。 「よろしく、ピーター。ぜひアラシと呼んで欲しいな」 続いて、ジェームズが口元を自信に満ちた笑みで飾りながら言った。 「僕もジェームズでお願いするよ、諸君」 一気に和やかになったコンパーメント内の全員が、先ほどジェームズがしたように親指を立てた。 - 05 - しおりを挟む/目次(9) |