3.唇に指を這わせ
【高校生と高校生】
ぱ、と目が覚めた。
田島は寝起きが良い。それは昼寝の後も変わりがなくて、田島は始めに見た天井を仰いだまんま、今が部活の合間の小休止、お昼寝の時間である事を思い出す。
みんなまだ夢の中だ。すこうし首をめぐらして周りの様子を確認すると、その終点で花井を見つけ、田島はそちらへ体を倒した。
これで花井の寝顔がよく見える。
田島はこっそり、ふふんと笑った。
田島は花井の顔が好きだ。
自分が「めんくい」である事は、結構小さい頃から気付いていた。同性にも当てはまると気付いた時には多少驚いたが、やっぱり顔が綺麗なのはいい。
阿部あたりは肌が綺麗なのが好きだそうだが、花井も肌は綺麗だ。
なぜなら、肌があまり強くないから。
田島は肌についてなんか考えた事はない。せいぜい真夏の練習のあとは風呂で痛い目に会うとか皮が剥けるとか、あとは鼻のそばかすと、それくらいだ。
だから洗顔だって水だし、タオルでごしごしやっている。だけど花井はおんなじ事をすると大変な事になってしまう。
敏感肌とかいうらしい。そういうタイプはきちんとケアしてやらないといけなくて、化粧水だの柔らかいタオルだので手間をかけられた肌は、適当にしている田島のそれよりも確かに肌理が細かく、造りが繊細なようだ。
そうそう、それに、これもだ。
田島は視線を少し下へやる。それは、花井の口元。正確には唇だ。
花井は唇がかさつきやすくて、少しケアを怠るとすぐに唇が割れて血が滲む。なるほど唇も薄い皮膚で覆われているわけだから、肌である事は違いない。
じっと見つめる唇へ、田島は手を伸ばし、つ、とその指で触れた。
ぬるいくせ、少し押すと奥へ熱のあるのがわかる薄い皮膚の感触。
花井の唇はあまり弾力がない。それは薄いからで、けれど薄いのは横に引き延ばされたからなんじゃないかと思う。
口が大きく、唇の薄い花井の口元はストイックで、田島は気に入っている。形が良くて、なによりふかふかしたその唇に触れると気持ちが良い。
下唇の右端から左へなぞりながら、そんな事を思った田島は、きゅうに堪らなくなった。
(うあ、やべえ、キスしてえ)
唇に触れた指先が痺れてくる。それは体を伝って、奥のほうが甘く甘くなり、花井に触れたくて焦れてしまう。
どうしよう。すぐ後ろに別の友達が寝ているっていうのに、こんな指じゃなくて唇を重ねたくて堪らない。
田島はすこうし息をとめた。潜めるだけじゃ、こんな高鳴り隠せやしない。
そうして花井を見た。く、と呼吸をとめた世界じゃ、血の巡る音と脈打つそれしか聞こえない。
そんな世界から見た花井は、いつもよりずっと愛おしく見えた。
細い睫毛の揃いを伏せ、隣の田島だってようやく耳に届くくらいの静かな寝息を繰り返す、大好きなひと。
(どうして我慢なんか、しなくっちゃならないんだろ)
その瞬間胸がときんとした。
向かい合った花井に見蕩れていた田島は、彼の唇に触れていた指を滑らせて、そこへ自分の唇を重ねる。
ぴたりと閉じた薄いそれの感触を、唇はすべて伝えてくる。
薄ぺらの皮膚を通して触れるのは、弾力のない、そこへ重ねると柔らかく触れるようのふわりとした感触。そうして少しかさついた皮膚と、奥にある熱の熱さ。
ただ重ねるだけなんて満足できるわけがなかった。
音が出ないようもう一度重ねて、すこうし首を傾けて僅かの隙間からかさついた上唇を舌の先で湿らせてやる。
花井は自分の薄っぺらな舌が好きのようで、時々舌を出させていたずらしてくる。
今意識があったら、きっと照れくさそうにしたあとたくさんいたずらしてくるのだ。
あいつはけっこういやらしい。どういう事をするか、思い出したあとはもっと堪らなくなって、空の左手で花井のTシャツをきゅっと握った。
どうしようもなくきっと自分は欲張りなのだ。
そう再認識してもっと唇を舐めてやろうと舌を出したら、急に頭を掴まれた。
(……?!)
いたずらに陶酔していたところへ、あまりに唐突に事が起きたので声も出ない。
下ろしていた瞼を跳ね上げてみたが何かが近すぎて焦点が合わないし、困ってしまった田島だったが、その時後頭部を掴んでいた手が覚えのある動きをした。
長い指で髪を撫でるようにして、そのまま手はするすると耳に触れる。その後ろへ指を留めると、手のひらが滑ってきて、田島の頬を包んでしまう。
やっと、田島は唇に意識を戻した。乾いた唇を舐めていた筈の舌先は、別の舌に舐め上げられてしまっている。
ああもう、いたずらの時間は終わり。
観念して瞼を伏せたあと、しばらくねぶられてから、唇はようやく離された。
「…………、」
やっぱり。目を開けたら、正面にいた花井が何をしてるんだという目で睨んでいた。
でも顔には赤みが差していて、それに気付いた田島はちょっと肩を震わせた。
Tシャツを掴んでいた手をほどいて、今度は指を滑らせる。
そうして、上目遣い。
田島は、花井が「おねだり」にめっぽう弱い事を知っている。潤んだ目で窺って、こくりと喉を鳴らしてやる。
もうそれで簡単に籠絡されてくれた花井に手首を掴まれて、二人は昼寝の部屋からいなくなった。
「…………」
「い、いずみ、いずみ……!」
「…………」
「白目剥いてるよ! もうしばらく前から白目剥いてる!」
「水谷」
「え……?」
「オレは死にてえ。」
「ダメー!!!!!!」
「むにゃむにゃなんだようるさいなあ」
起きていたのは田島だけでなく、花井だけでなく、もう二人ほど居たのだが、今回もやっぱり当事者たちは知らないままだ。
―― DO NOT Enter.
指に触れる愛が5題より
「3.唇に指を這わせ」
花井さんを美形にしないと気が済まないBeCo.の罪
あと後半はまだ拾えたんですが、中盤がなんだかうまく文章が繋げられなくて、ずたぼろの印象です。
花井はむっつりです。
三橋は一番のエロテロリストですが、花井は一番のむっつりです。
ちなみに泉は一番の変態です。