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○ ぼくら今は程近く

【高校生と高校生】



 たまに慣行される、部室の大掃除をしていたら、言われたんだ。


「田島、ロッカーの上のそれ取って」

「どれ?」

「段ボール箱」


 みんな自分の仕事に手一杯で、立っているものは友達でも使えという塩梅だ。たまたまオレがロッカーのそばで掃除をしていたから、余計な仕事をこさえられてしまった。
 どれと見てみると、なるほどロッカーの上にはデッドスペースの活用だと言わんばかりの段ボール箱がぎっしりと置かれているようだ。それだよと指された箱は端しか見えなかったが、確認は出来たから安請け合いして手を伸ばす。が、指先は届くのに引っ張り出す事が出来ないのだ。
 せめてもう少し手前に出していてくれれば良かったのだが、段ボール箱を仕舞う際の落ちないようにという気遣いがどうも邪魔をしてくれているようだ。
 椅子でもあれば簡単に届くな。そう思って椅子を探す為、つま先立ちをやめたら、肩に誰かの手のひらが触れた。

 薄ぺらいくせ、大きくて、熱いその手はよく知っている。右肩に置かれたそれの次に目を上へやると、やはり薄ぺらくて大きな手が、易々と目当ての箱を引きずり出すのが見えた。


「西広、この箱?」

「それそれ。ありがとう」

「いや、オレが取ったほうが早いし」


 そう言った言葉は、右肩に残った手のひらの熱みたくいつまでもいつまでもわだかまる。
 いつの間にか暮れようとする、あの夕日に投げっちまって、燃えたらいいと思うのに、ずっとここでくすぶるのだ。


「田島」

「……」

「いい加減、何でむくれてんだよ」


 真っ赤な真っ赤な夕焼けだ。みんな赤く燃えて焼けっちまっているのに、オレの腹の中はまだ黒々と煙が上がる。
 口を尖らせていると、苛立つような声が唇に触れた。なんで彼が怒るのだろう。オレはしばらく口を開いていないからわからないが、もし何か言うとしたらあんなふうな色なのだろうか。
 にしたってこいつが怒るのは筋違いだ。そう思ったが、オレの口は尖るのに忙しくて、声なんかちっとも出やしなかった。


「田島」

「……」

「もう、何でそんな怒ってんだよ。オレが何かしたなら……」

「した」

「え」
「したんだよ。オレ、ああいうのイヤだ」

「……」

「ああいうの、イヤだよ」


 尖った唇から出した言葉は、抱えた膝にころんころんと落ちて消える。
 なのに、彼はその軌跡を辿るようにじっとオレを見ていた。何が言いたいのか、わからないのだ。
 彼はそんなに損気なひとでない。自分に非があるとわかったらきちんと謝るが、わけもわからないうちに謝ることはしない。
 そうして、抽象的なのは理解が出来ない。理解する為にきちんと説明される事を望んでいるが、オレにそんな気は少しもなかった。

 彼には聞こえちゃないが、オレの中では黒く黒くくすぶることば。
 そういうのを、彼は時々口にする。彼自身には誰かを傷付けるつもりなんてないから、引っ掛かるのは言われたほうだけだ。
 きりりきりりと傷痕つけて、こんなふうに黒くくすぶる。
 そうしてその相手は、いつだってオレだ。
 オレしか気にしないこと。もの。そんな気なけりゃ傷付かないってわかっているのに、オレはやめられないんだ。


「オレ、何した?」

「……」

「ごめん。もうしないから、気ィつけるから、教えて。田島」


 そう言うと、背の高い彼は真正面から、目線を同じくしてオレを見た。
 燃えるような赤い色の中で、灰色に丸い彼の瞳。ごめん、と謝って、その円ら一杯に反省の色を見せるから、言うつもりがなかったオレもとうとう口を割らされてしまった。


「……部室掃除の時、オレが取ったほうが早いって、花井言った」

「ええとそれって、」

「オレがダン箱に手ェ届かなくて、そしたらおまえが言ったんだ」

「あ……、ごめん」

「ホントのコトだってわかってるけど。でも、そういうの、オレ嫌だ」


 言葉をとろとろこぼす口をようやく閉じると、そのすべてを受け止めた彼は、しょんぼりした声で謝意を示した。


「ごめん」

「うん」

「今度から気をつける」

「うん。そうして」

「ごめんな」


 余程悪い事をしたというふうのその声に、オレは久しぶりに顔を上げた。
 細身で背の高い姿が夕日に照らされている。坊主頭をタオルで巻いて、格好はオレと同じ制服のくせに、やけにスタイルが良い。
 彼は同級生で、オレの大事な人。花井、と名を呼ぶと、やっぱり申し訳なさそうな目をしてオレを見るのだった。
 よくよく反省したようだが、オレの気持ちは伝わっているのだろうか。
 つい気になって、彼に問うてしまった。
 答えなんてわかっているのに、問うてしまったそのわけは、それでも希望みたいなものを未だに夢見ているからだ。
 だからオレはまた目を伏せた。


「え……と、……背のハナシ、だからだろ……?」


 ほうら。
 だから、やめておけば良かったのに。
 

「……うん」

「……? 違うのかよ、」

「んーん。そう、だから、気ィつけて話せよな」

「……」


 上手に笑ったつもりだったのに、視界の端で花井が不穏な空気を纏う。
 オレはもうそれからも目を逸らした。隠し事した自分が悪いってわかっているから、そのせいで怒らせた花井を見るのが怖くて怖くて仕方ない。
 抱えた膝をぎゅうと掴む。身を守って小さくなったオレに、冷たい色した花井の言葉が降ってきた。


「……オレは、おまえのそういう目がイヤだよ。何見てんのかわかんねえ」

「うん」

「……、」


 ち、という苛立ち紛れの舌打ちで体が震えた。
 そうだろ、おまえは見えちゃいないんだもの、だから言ったってわからないんだ。

 オレは花井と競り合いたい。そのためには同じ場所にいなくちゃならなくて、昼間のあれみたいな言葉はそれを汚すものなんだ。
 だから嫌だったんだ。だけど、それを知らない花井はわからない。
 本当は花井にもオレの気持ちをわかって欲しかった。それを言う事がオレには出来た。だけど言わなかったのは、この関係にもいつか終わりが来るってわかっているからだった。

 オレたちにはたった三年間しかない。それも今は目減りして、手元に残っているのはほんのわずかだ。
 対等のところにいてなんて伝えたとして、それがずうっと続くわけじゃない。
 みんな、いつか終わるものなのだ。
 オレの思いも、競り合いたい彼との関係も、この時間も。
 どうせ終わるのだから、言わない。
 唇は固く固くして、こぼれそうな思いを外へ出さないようにしなくちゃあ、そうしなくちゃあ、泣いてしまいそうだった。


「……なに、んっ」

「嫌だって言ったろ、」


 強くつむった瞼に指が触れた。そのまま顎を上向かされたが、瞼を押さえられているから花井を窺う事ができない。
 両目とも潰されてしまうんじゃあないか。そんな思いがよぎって生唾を飲み込むと、指と入れ替わりに熱くて柔らかいものが触れた。


「……はな……、っん」


 右の瞼と、左の瞼。触れたものの正体に気付いて瞼を上げたが、それが次に唇へ触れて、すぐにまた下ろしてしまった。
 甘い甘い音と感触が、唇に触れては離れる。
 息も奪われるようだ。ああ、これはいい。こうやって何もかんも、彼に取られて吸われてしまえば良いのになあとぼんやり思った。


「ん……」

「……この口も、たまに嘘つくから、嫌だ」

「うん」


 甘ったるいこんな口づけが、いつまでも続けばいいってオレも思うよ。
 でも花井はオレと同じものが見えちゃいないんだもの。ずうっと甘い味が続くと思ってる。続かせる事ができるって思ってる。
 そんなのは空の星屑とおんなじようなものなのに。

 でもさ、願うのは別だろう。
 だからこの目と唇と、塞いで少しの夢を見せてよ。
 悲しくって堪らない現実なんて塞いでさ、好きだって何度も呟いて、こんぺいとうみたいに甘い星を食べさせてよ。

 それでいつかこんぺいとうが空の星になったらさ、きっとわかるよ。
 オレが見えていたもののすべて。
 いつか、オレなんか忘れた頃に。


―― someday (far from now)

BeCo.に仕事を与える企画より
「花井の無自覚なマウンティングを牽制する田島。しかしそれは、対等な場所から共に進化していきたいという思いでもある。
本当は、道の別れる日がくることを知っているけれど。そんな気持ち、花井は知らないだろうけど。『いつかわかるよ、オレなんか忘れた頃』。」

んんんん甘酸っぱい! かわいい田島さまと唐変木気味の部長!あまーい!
このお題をいただいた時、Aとおんなじく、SSを読んだようでした!
原案:○○様、文:BeCo.みたいな、コラボ的な、作品に携わさせてもらったような気持ちでとっても新鮮でした!
すてきなお仕事をありがとうございます!
わたしの力不足で満足はされないかも知れませんが、いかがでしたでしょうか
わたしはすてきなお仕事をいただいて、それだけでとっても嬉しかったです。
本当にありがとうございました!

※タイトルと副題はいちおうこんなイメージで
ぼくら今は程近く
(そしていつか程遠く)

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