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★ こどものままごとみたいなそれ

【ファンタジーhmiz】



 緑の濃い濃い季節がある。その中でも枝葉が思いきり腕を伸ばし、葉を透き通った翆玉の色にする頃を、はまだははたから眺めていた。
 はまだがいるのは冷たい石で造ったお城の中だ。そこにぽかんと空いた四角の窓から外を見やると、鬱蒼とした森が広がる。
 お城をぐるりと囲むそれは、緑の色がとびきり濃くて一層黒いくらいだ。それでも枝葉の隙間を縫って地面の草へ届く光は透き通った翆玉のそれで、繁茂する草のあちこちを明るく明るく照らしている。

 そこを、子どもが跳ねていた。片手に小さな籠を提げ、日に当たりすぎないようにとフードを被せてやったのに、あまりあちこち跳ねるから、それはあっという間に背中へ落ちる。
 けれどはまだはにこにこしてその子を眺めていた。薬草採りに夢中になって、ぴょんぴょん跳ぶのがうさぎのよう。
 あんまり遠くに行っちゃだめだよ、と声をかけると、はまだには別の声が返ってくる。その声はすぐ隣でため息を吐いた。


「子守りなら間に合ってんだろ、帰るぞ」

「いずみの子守りならオレがいるから要らねえよ。おまえは話してくれればいいの」

「……オレ、おまえよりずーっと階級が上なんだけど」

「じゃあ今度メシおごってよ」

「使い魔なんかメシ要らねえだろ……ったく」


 窓に腕をついて外を見ているはまだの隣で、声の主は腕を組んでため息をついた。
 その年の頃ははまだと同じようで、彼も結構な長身だ。また二人とも髪は金の色だが、はまだが暗がりでも目映いくらいの透明感を持つ色をしている反面、彼は金を灼いたようの濃い色の髪を短く刈り込んでいる。
 彼は今ほど自分で言った様に、本来なら一介の使い魔でしかないはまだがおまえ呼ばわりできる身分のものでない。
 この息の詰まるような石の城では身分の上下がはっきりしていて、いくらかの家のものが多大な権力を持っている。
 彼はその中でも上から数えてすぐの家柄の者なのだが、はまだにしてみれば個人を評する材料にはならない。
 たまたま運が良かっただけだ。彼もそれを笠に着る事なく、はまだとは友人とするように接してくれていた。

 彼は、向こうにいる子どもがはまだへの返事の代わりに手を振るのを眺めてから、話を切り出した。


「モモエまりあについて、つってもな。ろくすっぽ覚えてねえよ」

「でもおまえんちエライんだから、見た事くらいあんだろ」

「見た事はあるけどな。それこそオレ、いずみくらいの年だったからな」


 ウメ、と彼が言うと、羽織ったローブのフードが揺れた。それをハンモック代わりにして寝ていたのは、彼の使い魔だ。
 手のひらに乗る程度の大きさで、赤毛から出た触覚を揺らして顔を覗かす。彼が同じ内容をウメに尋ねると、彼は眠たそうな目をして答えた。


「乳が超でかかったぜェ」

「ああ、オレもそれぐらいだな覚えてんの。あと髪が黒くて長くて、結構かわいかったな」

「かわいいのはいずみ見てりゃ想像つくよ」


 真面目くさってそう返したはまだを、彼は顔をしかめて見た。
 基本的に使い魔というのは主に忠実だが、はまだのそれはだいぶ変質している。
 主と使い魔の関係は決してイーブンではない。使い魔は主の力の受け皿であり、その性質を反映するものであり、それによって存在している。だから彼らは主に忠実なのだ。
 主から下された命を黙々とこなすだけの存在を使い魔とすると、主から命を受けたわけでなく、能動的に動くはまだは何なのだろう。
 通常ではあり得ない、人間と同じ大きさであり、自分勝手に動くもの。ただ一つ使い魔らしいところが、主に対する忠誠心だ。

 まあ、はまだが何だろうと自分にはそれほど意味はない。むしろそういうものだからこそ、同志たり得るのだろう。


「能力はほとんどわかんねえぞ。ただバカ強くて、あるはずの属性もねえ。火だろうが水だろうが別なく使ってたって話だ」

「はあ……正面から挑んでもダメって事か」

「そういう事だ。つうか勝つつもりかよ」

「うん。いっぺんいずみに謝って欲しい」


 冷たく暗い石の窓から外を見ながらはまだは言った。
 はまだの主であるいずみは、小さい頃に親と別れていた。出自が良かったから大切には育てられたが、あまり大切にされ過ぎて、親しいどころかはまだが現れるまで周りに人がいなかった。
 いずみを大切に大切に思うはまだは、主をそういった状況に置いた親が許せないらしい。
 ただ、その相手は使い魔とか術者が勝てるものじゃない。彼女と同じ血が流れているいずみや、その使い魔であるはまだは一介の術者よりかなり力が強いが、彼女はそれ以上だ。
 まだ存命のくせ、存在は最早伝説のそれだ。

 何か思うふうのはまだを彼は一瞥する。
 情報を寄越せと言われたが、元々どうかき集めたってろくなものが集まらない話だ。主観的なそれだってほとんど役に立たないし、彼は話を切り上げようとした。
 ただ、釘だけは刺しておいたほうが良いだろう。はまだの仕事はそんなものではない筈だから。


「はまだ」

「ん?」

「余所事考えてんなよ。てめえ本来の目的はどうした」

「心配しなくたって、こんなとこ、ちゃあんとぶっ潰すさ」


 いずみを外に出してやりたいもんねえ。そう言う目は、こちらに駆け寄ってくる小さな子どもがいつだって独り占めをする。


「忘れんなよ。オレだってこんなくそつまんねえとこ、出たくてしょうがねえんだから」

「はまだー!」


 彼が呟いた言葉はほんとうに傍のウメが気付いたかどうか。
 それがぽつりと落ちたと同時に、はまだは窓を飛び越えて、いずみを腕に抱き締める。
 抱き上げられたいずみはたくさん摘んだ薬草を入れた篭と、もう片手に花をひとつ握りしめていた。
 たくさん花びらのついた、黄色い花。それなあにとはまだが訊くと、子どもは得意げに笑って言った。


「やる」

「いいの?」

「うん。ほら、はまだとおんなじいろ」


 それを聞いて、はまだはいずみとおんなじ子どもみたいに、くすぐったそうに笑った。
 眺めていた彼は目を細くする。じゃあ髪に挿してとはまだがねだると、いずみはそれに応えてやった。


「どう?」

「かわいくねえなあ」

「ええー」

「でもおれはすき」


 ほんとう、なんて、子どものままごとを見ているよう。
 いずみがはまだを見る目は雑じり気のない信頼だ。はまだが現れるまで、子どものくせにつまらない目をしていたのに、今やきらきらしくてまったく違う人間のようだ。
 それを一身に受けるはまだは余計輝いていた。その髪を滑る日の光だっていずみのものだと言わんばかりに、愛おしさを滲ませてただただいずみを見つめている。

 やがていずみがこちらに気付くと、彼は二人に背を向けて歩き出した。
 いずみがあまり自分に良い感情を抱いていないのを知っているからだ。そりゃあそうだろう、もっと小さかったいずみが泣こうが喚こうが、自分はただ見ているだけだった。手を伸ばすのも声をかけるのもしてはならない、そういう不可侵のものだと教えられていたからだ。

 自分には、親を恋しがって泣いているただの幼児にしか見えなかったが。
 それをわかっていて頭を撫でてやらなかった罰が、あの子どもの暗い目なのだろう。


「カジよぉ、あいつら変だな」


 窓辺より余計に冷たい廊下を歩いていると、背中がもぞもぞと蠢いた。
 カジというのが彼の名だ。それを呼ばわった使い魔は、這い上がってきて肩の上にちょこんと座る。


「はまだってあん時、おまえらにボコられてた猫だろ。よくあのガキになついてんな、バカなの?」

「さあなァ。バカはバカだろうけど、おまえが言えた話じゃねえだろ」

「オレはおまえになついちゃいねえよ」

「いやバカのほう」


 刺すぞ!と穏やかでない声がしたが、カジは気にもしない。 
 普通、使い魔を作る時は死にかけの生き物を使う。死にたくないだろうと誘って契約するのが最も強く繋がる事が出来るからだが、元の生き物の特性を持って成る為にわざと痛めつける事が少なくない。
 はまだはそうやって作られた。ただ、そういうものは主を恨みはしても良い感情なんか抱かない。まだ存在していたいから受けた命はこなすが、はまだのように主を想っているものなんて、普通はいないのだ。


「ああいうの、オレわかんねえけどよ」

「?」

「ふつう、人間同士でやるもんじゃねえのか」


 ウメが呟いたそれに、カジは「ああ」と返した。


「そうだろうな、ふつう」


 ウメでなくともそれはわかる。
 まだいずみは子どもである事に加え、親が居なかったせいで愛情に飢えている。それを考えればはまだに対する全幅の信頼はまだ理解が出来る。
 ただ、前述のような経験をしたはまだが主にああいうふうに接するのは例外だ。
 いずみに直接痛めつけられたわけではないが、元はそれもいずみの為だ。それをわかっていて、はまだは優しくいずみに触れる。
 愛おしくて大切で堪らないというふうに。実際、はまだのする事は、これからしようとしている事まですべてがあの子の為だ。

 それは、人間が庇護の対象にするものとよく似ている。が、はまだの指先には眼差しには、信仰心のようなものが滲んで見える。
 でもそれが何であるかなんて、カジは知ろうとも思わない。
 それきり黙ったカジに、ウメはふうんとだけ言った。


「よくわかんねえけどよ、そういうの」

「繁殖だけが仕事の雄バチは得意なんじゃねえのか?」

「ホントに繁殖だけだぜ? 本能であーやんなきゃみたいな。そこにめんどくせえもんなんかあるかよ」

「そうだなおまえほんと使えねえもんな」

「おう。助けてくれて、感謝はしてるぜ?」


 に、と憎たらしく笑うウメを叩き落としてやろうかと思ったが、おそらくは、こういうのが適度な距離なのだろうなとカジは思った。
 利用して利用されて、時々話相手になるようなもの。そう思うと、やはりあの二人のそれはまったく別なのだろう。

 小さな手のひらとその倍以上の手のひらの間に点るもの。
 それを決して、悪いものだとは思わないけれど。


―― Not reliability, So, it perhaps,

BeCo.に仕事を与える企画より
「魔法少年泉のファンタジーで恋の自覚」をテーマにお送りしました

自覚じゃないなこれ他覚じゃないかな!
でも周囲から見てそうじゃないかなっていうのも好きなんです。

梅さんはハチ。
ミツバチのオスは繁殖の為だけにいて、交尾したら死ぬししなかったら粗大ゴミ扱いで巣を追い出されて野垂れ死にするそうです。
梅さんは野垂れ死にしかけていたところを幼少の梶さんに救われた感じで。
梶さんの力を食べまくって、有事の際にそれを梶さんに還元するだけの能力な感じで。


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