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くらくらフラフラ

【高校生と高校生】



 光溜まりのグラウンドに対し黒いほどの日陰の下、濡れたタオルを額に乗せ、ベンチでのびているひとの姿。
 いつだか見た光景だが、今回のそれは三橋じゃない。
 目許まで覆うくらいのタオルの陰に見えるのは、つんとした鼻に浮く特徴的なそばかすだ。
 西浦野球部はたいへん人数が少ないから、それだけわかれば彼が誰なのかすぐにわかる。


「田島ー、だいじょぶかい。」

「ういー……」


 部活顧問の志賀が尋ねると、いかにもぐったりとした声が返る。いつもは元気いっぱいに辺りを走り回っているのに、今日の田島はこんなざまだった。


「今日は猛暑日だっていうし、のぼせちゃったんだろうね。」

「そスか。」

「ヒトの体温は熱の産生と喪失でバランスを取ってるんだけど、熱中症は産生が普段通りでも喪失がうまくされないんだよ。で、体に熱がこもっちゃうから、頭痛がしたり頭がぼんやりしたりする。」

「……あたまぼーっとするー……」
 
「だから涼しいところとか、風通しの良いところにいたほうがいいんだ。というわけで、今日はもう室内に移動しようか。」


 志賀の言うように、今日は朝からだいぶ気温が上がっていた。
 なんだかぼんやりしていた田島を引っ込ませたついで、一緒に日陰へ移動していた他の部員もげんなりとした様子で手に手に帽子やクリップボードを持って自分を扇いでいる。
 これ以上野外での活動は控えたほうが良いという志賀の判断に監督も頷き、皆移動を始める。

 花井は、田島も連れてきてと監督に言われた。さあどうやって連れていこうかと考えていた花井に、泉が言う。


「花井、おぶってけよ。」

「え。」

「そのでけえ図体、今使わずにいつ使うってんだ。」


 泉はうちわ替わりにしていた帽子を被り直し、大きな目を真っ直ぐ花井に向けてそう言い放つ。
 暑さのせいでいつもより赤い唇のそばを汗が流れていった。泉はそれを乱暴に拭い取り、オレが背負うよりおまえのがいいだろうがとそのまま歩いて行ってしまう。

 あとに残されたのは花井と田島。
 どうしよう、と田島を見たが、タオルを頭に乗せたまま動かない田島を見て、訊くまでもないかと彼に手を伸ばす。


「田島。おぶってやるから、ほら。」

「ふぇー……」


 目許を隠していたタオルを避けると、久々に田島の三白眼が見えた。といっても目が半分しか開いていないから、睫毛の陰で茶色い瞳が揺れているのがわかる程度だ。
 上に乗っていた氷嚢は指に引っ掛けて行くとして、タオルはめんどうなので体を起こした田島の頭に巻く。
 これは自分でも普段しているから、わりに上手くできる。なんだかお揃いみたいだなあと思ったが気にしない事にした。


「んん、しゅっぱつー。」

「はいはい。」


 背中へ被さってきた体を「よいしょ」と声を掛けて負う。平生より重さは増えるものの、その体は小さくて軽いので特に不都合は感じない。本人には決して言わないが。
 膝を使って背負い直し歩き出すと、くったりした田島は熱い頬っぺたを花井の首筋にくっ付けてきた。


「うおぁ、あっつ!」

「うははははは」

「テメー実はもう元気だろ!」

「んー、まだ。もーちょっと。」


 ぷにっとした柔らかい頬っぺたは、確かに普段のそれより熱を持っている。
 こんないたずらをするくらいだからだいぶ回復したのだろうが、急に動かして良いものではないだろう。

 仕方なしに運んでやる。耳に触れるくすくすというかわいい声に、花井はまんざらでもないため息をついた。


「はーなーい。」

「……あんま調子乗ってっと、暗がり連れ込むぞ。」

「いーよ。ちょっとだけなら。」


 楽しそうな田島の声が花井の耳をくすぐる。
 そんならお望み通りに暗がりへ連れ込んで、ちょっとなんて言わずに無茶苦茶してやろうか。
 そんな事を考えた花井だったが、目的地に仁王立ちする泉を見つけてすぐに考えを改めた。


―― Is the fierce heat kill "Him"?

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