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きみのじ

【高校生と高校生】



 あの商店街でお買い物するなら、これ出してきて。
 そうお母さんに言われて渡されたのは、よくある懸賞応募の紙だった。


「とにかく名前書いて。」

「つっても、オレ田島んちの家族の名前、知らねーぞ…」


 ペラッペラの紙はアレだ、商店街で買い物すると、一定の金額で用紙がもらえるヤツ。
 うちは家族が多いから買うものも多くて、もらっているうちにいっぱいになっちゃったらしい。
 十枚はないけど片手じゃ利かないくらいいっぱいの用紙を、買い物に付き合ってくれた花井に渡してお手伝いを頼んだ。

 うちの名前書いてって。住所は、オレが一枚見本で書いたヤツを前に置いて、それを見ながらだ。


「こーいうの、書けて三枚だよなー」

「おまえ、もうちょっと丁寧に書けよ…」


 読めないだろ、なんて言われてむかついたから残りの枚数丸投げして、花井のを見た。
 見慣れた花井の字。オレよりずっと見やすくてキレイな字だ。でも沖みたいに書道っぽいキレイさじゃなくて、丁寧に書いてるから読みやすい字。

 でも、今日のはなんだか違った。
 なんだか照れた。花井の字が、オレの名前を書くから。


「これ、」

「んー?」

「一枚、持って帰っていーかな。」

「は? 何で?」

「花井が、オレの名前書いたの。」


 言ったら、花井が真っ赤になった。
 オレも照れた。
 そしたら、花井が財布貸してって言った。


「三百円しか入ってねーよ。」

「おまえの懐具合なんかキョーミねーよ。それ書いてて。」


 応募用紙、渡した枚数書かされた。
 その間花井もなんか書いてたけど、楽しみにしたいからそっちは見ないでオレは応募用紙を書き上げた。


「終わったー! あー手ぇイタイ。」

「ん。」


 花井が、二つ折の財布にカードを重ねてオレに返した。
 何かと思ったら、チャリ通だからほとんど使わない電車のICカードだ。
 ペンギンが描いてあって、大きい緑色の四角の中に、花井の字で「田島 悠一郎」って書いてあった。油性のサインペンは、応募用紙を書く用に置いてあったペン立てに入ってたやつを使ったらしい。

 オレはすんごいニコッてした。


「アハハ、コレあれだな、人前で使えねーな!」

「じゃ、今日はケース買いに行くか。」

「おー行く行くー!」


 オレはカードを大事に大事に財布にしまった。
 だって、誰にも見せたくないんだもん。オレだけが見ていい、花井が書いたオレだけの名前なんだもん。

 花井のカードにも書いてやろうかって言ったらそれはヤダと言われた。
 むかついたから、次の日花井の教科書に花井の字と並べてサインペンで書いてやったら、花井はくすぐったそうに笑ってた。

 なんかそういう一日一日がしあわせで、花井の隣りっていいなって、いつもオレは思うんだ。


――― delight!

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