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○ それってばオレ。

【高校生と高校生】


 自分のそれとは比べるべくもなく整然とした部屋の中で、田島は髪も濡れたままベッドの上で端末をいじっていた。
 言わずもがな花井の部屋だ。いちおうそれなりの広さでテーブルもクッションもあるのに田島がベッドへ転がるわけは、単にそこが好きだからだ。
 寝床とはたいへんプライベートな空間で、持ち主もそれ以外の人間も、決まった人間しかそこに上がることは許されない。

 花井にとって、田島は許せる人間だ。
 その証拠にほら、田島が自分のベッドに上がっているのを見たって、花井はなんにも言わない。

 と思ったら、風呂上がりの花井は「げ」と嫌そうな声を出して田島を見た。


「え、なに?」

「なにじゃねーよ、髪ちゃんと拭いてからベッド上がれ。濡れるだろ。」
 
「あーワリー」


 どうしたのかと思ったら、風呂をもらってから髪を濡れたままにしていたのがまずかったらしい。
 いちおうタオルを被っていたしいいかな、と思ったのだが、だめらしい。
 被ったタオルごと、花井の大きくて薄ぺらい手が髪を拭く。自分だったらがしがしと雑に拭き取ってしまうところだが、そうでないのは彼の面倒見の良い性格のためか、田島に抱く感情からか。
 どちらにせよくすぐったくて、田島が笑うとなんだかふざけた雰囲気になる。湿ったタオルで前を塞がれて一際高く声を上げたら、タオルはそこで回収されてしまった。たったこれだけの時間で、短い髪は乾いてしまったらしかった。


「田島、なに観てんの。」

「花井待ってんのヒマだったから、テレビ観てた。」


 ふうん、とベッドに腰を下ろした花井も田島の端末を覗き込む。
 遅くまである部活を終えてから、もう寝ようという時間帯だ。やっているのはニュース番組かバラエティーくらいで、田島が観ているのは当然後者だ。顔と乳がわりと好みのアイドルが出ていたので眠りもせず観ていたのだが、彼女が画面いっぱいにアップされたのを観て、田島は口を開いた。


「花井の好みってさあ、どんなよ。」

「はあ?」

「ズリネタ女教師だから、年上好きなの?」

「ええ? まあ、うん。」


 ちょっと照れたらしいのを、声のトーンで感じる。
 花井だって中学の頃付き合っていた女子くらいいるだろう。田島だってそうだ。女の子もけっこう積極的だったし自分ではわりともてるほうだったと自負しているが、野球にのめり込んでいたから恋人っぽいことにまでは至らなかった。
 花井は、どうなのだろう。それを聞いてみたくて、この話題を続けることにした。


「オレこーいう、ムネがでかくてカワイイタイプが好き。花井は? 中学んとき好きだった子とかどんなタイプだった?」

「はぁ?!」

「教えろよー」

「まあ……大人っぽくて、キレイな子とか……」

「おとなしい? ベンキョーできた?」

「別に明るいのもいいけど、勉強はできたほうがいいだろ」

「ふうん」


 なんだぜんぜんオレと違うや、と花井に見えないところで、田島はつまらなそうな顔をした。
 べつに肯定してほしかったわけじゃないが、こういう話はやはりつまらない。田島も花井も互いの理想にはなり得ないのだ、そもそも女性ではないのだから。

 田島の表情は花井には見えなかったが、声色で不満そうなのは伝わっていた。
 花井は田島の隣に寝転ぶと、彼の頬に手を伸ばした。ややしっとりした肌の感触が指に伝わる。


「ムカシの話な。」

「あ?」

「好みの話。今は、手がかってかまってチャンで、勉強はあんまり得意じゃなくて、元気いっぱいで可愛いのが好き。」


 そう言った花井の顔を、ベッドに両肘を立てて端末を観ていた田島は見下ろすかたちになる。
 胸がきゅんとした。体がかあっと熱くなって、その熱が頭に上る。
 もう堪らなくて端末を放り出し花井に被さった。珍しく組み敷いたかたちの田島は花井を見下ろして不敵に笑う。


「それってオレのこと?」

「今付き合ってる子が好みのタイプになるってハナシ、知ってんだろ。」

「そっかぁ。でもさ、そのーが花井に合ってんじゃね? 花井って世話焼きタイプだしさあ、ハゲるくらい」

「剃ってんだよ!」


 そのへんは断固として譲らない花井にキスをして黙らせる。花井の唇は大きくて、体つきといっしょでスレンダーだからふっくらはしてないけど、柔らかくて気持ちが良い。
 音をたててちゅっちゅしていたら、下半身が熱っぽくなってきた。花井の腹にこすり付けていたせいだと思うが。


「はないぃ。ごめん」

「え、なに」

「オレはあんま好み変わってない。」

「えっ」

「オレ、けっこーメンクイなんだ。」


 被さったまま真顔で田島がそう言うと、その下で花井は真っ赤になった。
 こればっかりは男も女も変わらないらしい。花井はけっこうな美形だ。美人は三日で飽きるというが、好きなのは顔だけじゃないから三日はゆうに越えている。

 タイプなんか変わるもんだって、そういやそうだ。
 でもどこかしら、琴線に触れるものがあったから好きになったわけで、それはなんだったんだろう、と田島は思った。
 後ほどそれを正直に花井に話したら、彼は田島の上で答えてくれた。


「だから。好みのタイプが変わるって、そういうことだろ。今好きだって言えるもんが、ぜんぶ好きになるきっかけだったんだよ。」


 ああそうか、だから世の恋人たちは、私のどこが好きって話をするのか。
 やっぱり花井頭いいなと抱きしめたら、くすぐったそうに笑ってくれた。

 次はそういう話をしよう。
 どれくらい好きか君から聞いて、どれくらい君が好きかを伝えよう。


―― You know that:i live You!

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