マイ・ネーム・イズ・ラブ
夏の太陽が作る葉の影はどの季節よりも色濃い緑。
陰影がくっきりする所為で鮮やかになるグラウンドで、俺より頭ひとつ小さい彼は呟いた。
「あずさって呼びたい。」
―― マイ・ネーム・イズ・ラブ
「は?」
「だから、俺、はないをあずさって呼びたい」
ジー、と頭の上で蝉が鳴いた。
練習の合間の休憩時間、グラウンドの隅に植わっている大きな櫟の葉の影で涼んでいると、やって来たまま立ちっぱなしだった田島がそう話を切り出した。
反応しようにも体が疲れてて背中が木の皮から離れない。田島の奴よく座らないで立ってられるなとぼんやりしていたら、目の前に迄田島のそばかす顔が迫っていた。
「なあ、あずさって呼んでいいだろ」
「いや、いきなり話が見えねぇから。」
「だーかーらぁ、あずさってさー」
「だから。何でいきなりそういう話になったんだ。」
会話が噛み合わないのなんて今更だ。吐息の触れる距離でひそめられた黒い眉が、わけを求めると驚いた様に上に上がる。
うーんと、と大きな目をきょろきょろさせて暫し考える素振りをすると、距離が少し離れる。
さっきよりは面積が増えた田島の負う青空は、木陰に慣れた目には少し眩しかった。
「んーと、」
田島が困った声で言った。
感覚で生きているから、思った事をうまく言葉に出来ないんだろう。自分で頭の中こんがらがり始めた田島にゆっくりでいい、と声をかける。
何でいきなり名前呼びたいなんて、と悩んでいる田島の百面相を見ながら考えた。
いちおう、俺達は付き合っている。嫌なわけじゃないが、俺の名前が名前だけに人前で呼ばれるのには若干抵抗がある。
梓なんて身の丈百八十の坊主の高校球児を捕まえて呼ぶような名前じゃない、というのは俺が一番よく知っていた。
出来るなら始めの言い出した時に好きに呼べ、と言ってやりかかったが、俺は良くも悪くもまだそういうのを羞じらうガキだった。
「‥んーと、理由っていうか‥‥あずさの事すきだからあずさって呼びたいんだけど。‥‥だめ?」
「‥‥‥‥‥」
散々時間やっといて、やっぱりフィーリングのままに答えやがった。
小首を傾げて俺の返事を待つ田島に笑ってやって、申し出に諾と言ってやった。
「いいよ」
「ほっ、ほんとに?!」
「うん。ただし、条件つけるぞ」
いい?と田島の茶けた瞳に問う。
その色は光なんか入らなくったっていつも明るい。
「名前呼んでるとこ、他の奴らに聞かれたら罰ゲーム。」
「‥‥罰ゲーム?」
「そう。聞かれる可能性がある学校とか、部活中もアウト。3アウトじゃなくて一回でも呼んだら罰ゲームってしようぜ。」
「‥‥」
「あーでも、」
学校も部活も駄目、暗に互いの部屋でだけと言っている提案にやや不満気味の田島の両頬を挟んで唇がつくギリギリ迄引き寄せる。
状況が飲み込めない田島の、小さな二枚の唇に触れるか触れないかの距離で言葉を吐息に乗せて、田島の中に届けてやった。
「このくらいなら聞き取れないだろうから、呼んでもいいぜ」
ふっと体を離した。
グラウンドの向こうでモモカンが召集を掛けている。主将が遅れるわけにはいかない。
いつの間にか真っ茶色の乾いた土へへたり込むようにして座っていた田島を立たせて行こうとしたら、ユニフォームの端を掴まれて足を止めた。
「あ、あずさのばか!!」
夏の木陰は暗く涼しい。
けれどそう叫んだ田島の顔が真っ赤だったのは明らかに俺の行動の所為で、熱い腕を引いて走りながら、
早速約束を破った田島にはどんな罰ゲームを課してやろうかと考えた。
― Daring, but i'm not really
to call your name,i want to
called my nane by you.
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