365 | ナノ

Category:花井と田島
2014 1st Mar.

○ 小悪魔っていうより淫魔、淫魔っていうより小さな天使。

【思春期高校生と小悪魔みたいな淫魔にまるでそっくりな天使によく似た高校生】



 カーペットの上に座って明日の時間割を合わせていたら、肩から脚が生えてきた。
 ほっそくてつんつるてんの、凹凸に乏しい子どもみたいな足だ。ベッドに背中を預けていたから、これはその上にいたやつのものであることは容易に察しがつく。
 重たくないことはないのだが、作業の手を止めたらやつの思う壺だ。無視して教科書を入れ替えていたら、太ももで耳の辺りを挟まれた。
 ぺち、ぺち、と肉のぶつかる音なのに、なぜか間抜けに聞こえるそれ。
 圧迫しては解放するのを繰り返す太ももに、耳がやめてくれと言っている。受け身の我が器官を代弁して「やめろ」と唸ったら、後ろのそいつはなぜか可愛い声でくすくす笑った。


「ねー、はーなーい」

「あーおまえのせいで今何も聞こえねぇわ。」

「聞こえてんじゃん。ね、オレ今どんなカッコしてると思う?」


 オレのスウェットだろ、と、やつが訊いているのはそんなことではないとわかっているから、心の中でそんな返答をする。

 今夜は田島が泊まりに来ている。
 自分は家が学校の目の前なのに、田島はわざわざ遠くなるオレの家によく来たがった。
 理由は、部屋が広いから、キレイだから、居心地がいいから、エトセトラ、エトセトラ。毎度毎度違う理由で口説き落とされるオレも大概だが、ごく普通のマンション暮らしのオレの部屋だって、他に兄弟が転がっていないだけ広々感じるのだろうなとは思う。

 メシも風呂も済ませたから、あとは寝るだけだ。
 でも。


「……。」

「はーなーい。……ね、」

「……はぁー。」


 こうなることを、予想してなかったわけじゃないさ。痺れを切らした田島がオレの頭を抱え込むのと、オレが最後の教科書をカバンに入れたのはほぼ同時だった。
 まだまだ幼い両脚の拘束から抜け出して、田島に向き合う。ベッドの縁に腰掛けているその脚を挟むように膝を付くと、田島はこちらへ倒れて来いと言うように少し体を引いた。

 くすくす笑う、鳶色の瞳。
 ぱっちりした目は吊り気味でいたずらっぽく、また可愛く笑うものだから、その魅力は無限大だ。
 誘うように伸ばされた指を取り、ぽふ、とベッドに埋めてしまう。

 同じ男に組み敷かれてそんなに楽しそうにしてるなんて、いやらしい悪魔みたいだ。
 それを肯定するように、田島は唇を引いて見せた。


「ね、このカッコえろい?」

「……、まあ。」

「えー、えろくねーの。」


 そう口を尖らせる田島にはオレのスウェットを貸してやったはずだが、下は脱いでいやがった。
 こいつが絡んでくる少し前、視界の端にぱんつごと脱ぎ捨てたらしいスウェットの下が飛んでいったのが見えたから、そういうことだ。
 けれどオレと田島は体格に差がある。貸してやったスウェットの上は本来の持ち主であるオレが着れば腰で止まるのだが、田島はそれだけの腰幅がないから引っ掛かることもなくすとんと落ちてしまう。
 その結果が、雑誌でよく見る「彼シャツ」丈、すなわち裾が太ももを少し隠すくらいの丈になった。
 田島はオレよりもその手の本をよく読み込んでいるから、狙っているのは明らかだ。
 彼シャツは何も女子のワンピースっぽく着こなすだけが魅力じゃない。グレーの襟ぐりは開いて鎖骨が見えているし、肩にあるべき布の縫い目は二の腕辺りまで下がっている。必然的に、伸びた袖は指先が辛うじて見える程度だ。
 そういうルーズな、体型をまろやかにしてしまうのが彼シャツ、もとい今は彼スウェットだ。

 えろいか、えろくないかと言われれば、当然前者だ。好きなやつがこんないやらしい格好をして自分の下で可愛く笑っていたら、そりゃあ堪らない。
 けれどオレは言葉を濁すしかできなかった。田島は、オレが優しくてきれいでいいヤツだと思っているからだ。

 こいつの体にオレがどれだけ欲情しているかなんて、言うわけにはいかない。

 それは、田島の理想を守る為か。
 オレの汚い部分を隠す為か。
 答えなんかわかっているようなもんだけど、オレはともすればそんな気持ちを吐露しそうな自分の口を塞ぐのに、田島の唇を利用した。


「んー。…なー、オレって色気ない?」

「……んなことねーよ。」

「だってえろくねーんだろー。」

「んなことねーって。拗ねんなよ、今日おまえの気が済むまで付き合ってやるから。」

「まじ?! 花井やさしー、だからすきー。」


 簡単に手のひらで転がってくれるから、オレも甘やかしちゃうのかな。
 嬉しそうに唇に吸い付いてくる体の下に手を差し込んで引き上げ、体勢を変える。
 今度はオレの膝に、田島が乗る格好だ。くすっと笑った田島がオレの首を抱くようにして、こめかみあたりにキスをくれた時、裾が下りて隠れたそこへ手を入れた。


「ン、花井の手、すき。気持ちイイ。」

「……あぁそう。」

「まじですき。花井と、抜きっこすんの。」


 彼の言葉を全肯定するそれを軽く触って、期待させてから手を離す。乾いた手で擦ってやるよりオイルを使った方が痛くないし、ぬるぬるして良いと田島が言うからだ。

 そのオイルを、もう少し後ろで使ってやったらどうするんだろうといつも思う。
 快感を教えてやれば気持ちの良いことが好きな田島は受け入れてくれないこともないだろうが、彼は今のままで満足してしまっている。
 だからこそ、これまでずっと触れ合うことに積極的だったとしたら、次に踏み切るのが恐かった。


「ア、」

「ここ好きだろ。」

「ん、すき。そこもっと、」


 得るものをもっと確かにしようとゆるゆる動く細い腰。
 とろけた声を無意識にオレの耳に流し込んで、こんなやつを色気ないなんて言うわけないだろう。

 本当は抜きっこなんかじゃ足りないんだ。

 オレは田島の体の全部が欲しい。その細い体も、コドモみたいなその線とか、肉も筋肉もさほどついていない太ももとか、小さくて可愛い尻とか。
 その細い腰が砕けるくらい欲を欲のまま打ち付けてみたい。そのきらきらする目を涙で濡らして、薄っぺらな舌がもうだめって震えるくらい与えてみたい。

 足りないんだよ、オレはこんなんじゃ。
 この程度にするだけじゃ。
 奥の奥まで攻めてどろどろにしてみたいんだ。


「も、いっちゃう。いく、はない」

「いっちゃえよ。」

「ッ、……出しちゃった。花井の手、どろどろ。」


 オレの手汚してゾクゾクするんだろ? オレもおまえをぐちゃぐちゃにしてやること考えると堪らなくなるよ。
 気持ち良いだけじゃダメなんだ。可愛い可愛い彼にそれを言ってやりたくても、結局オレは飲み込んでしまう。

 オレも気持ち良くなりたいんだ。おまえをもっと気持ち良くしてやりたいんだよ。
 でも今夜もやっぱりそれができないまんま、オレたちの夜は朝を迎える。


―― i can't stop to love you, baby.

一年365題より
3/1「馬子にも衣装」
彼シャツ表現研究まとめNEIWAR


 
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