365 | ナノ

Category:阿部と三橋
2014 3rd Feb.

☆ まめまめしく。

【マヨヒガ花文庫】



 甘じょっぱい匂いがする。
 素足に触れる廊下は冷たいがそれに構わず、するすると流れてくる匂いを辿ってゆくと、小さな足は厨で止まる。

 ここが、匂いの出どころ。襖でなく木で出来た引き戸を開けると、向こう側に立っていた影が振り向いた。


「嗅ぎ付けて来やがったな、三橋。」


 厨は床がなく、地面のそれだから、家の中よりもっと寒い。でも三橋と呼ばれた子どもの足はとっても興味がしんしんで、素足に下駄を引っかけると影の隣へぴたりと寄った。
 最近、厨にはがらすというのが填まった。冬の日に見る薄い氷のように透明で薄く、それは日の光をいっぱいに導いて、暗かった厨を明るくしている。

 昼間の白い光をがらすが透かして、ぐつらぐつらと煮立つ鍋の前にいたひとを照らす。髪と瞳の黒い、三橋よりずっと背の高いひと。
 彼は菜箸で鍋をいじっている。なにしてるんだ、と三橋が問うと、何してると思うといじわるなことを言った。


「あ、あべく。は」

「おう。」

「料理、してる。」

「当たり。」


 子どもの三橋の背丈では、鍋の中身がぎりぎりで見えるくらいだ。
 なにやら煮物をしている、と思った三橋が素直にそう言うと、彼は菜箸で中身を摘まんだ。
 鍋の縁に菜箸を当てて滴を落とすと、口開けろ、と三橋を見る。
 食い意地の張っている三橋が言われたとおり口を開けると、菜箸に摘ままれていたものが舌の上に落ちた。


「あ。熱かったかも… って、」

「おいしい。」

「…だいじょうぶみたいだな。」

「あまじょっぱい。おいしい。これ、豆?」

「ああ。節分で撒いたろ、あれ煮てんだ。」
 

 ぐつらぐつらと煮える鍋を眺めながら、三橋はへえ、と呟いた。
 口の中が甘じょっぱい。醤油と、砂糖で煮ているのだろう。少し味の濃いのが染み込んだ小さな粒は、節分で撒いた豆だという。

 今日は節分だ。邪気を払うのに鬼は外、福は内と唱えながら豆を撒く。
 彼と共に昼前それをしたのだが、片付けがたいへんだった。ぜんぶ拾うように言われて三橋はがんばって集めたのだが、役目を終えた豆は鍋の中で甘じょっぱくなったらしい。


「勿体ねぇからな。昆布と煮て、夕餉に食う。」

「あべく、もっと。」

「おまえにゃ、こっちやる。手ェ出せ。」


 もっとくれ、と鳥の子のように口を開けたが、こっちをやると手を出すよう言われた。
 なんだろうと三橋が手を出すと、皿のようにした両手のひらへ小さな布巾着が乗せられた。
 明るい黄緑の、春みたいな色した布巾着だ。ちょうど両手に収まるくらいの大きさで、何か入っているらしい。
 開けてみろと言われたので口紐を解いて中身を覗く。と、白っぽくて丸いものがたくさんたくさん入っていた。


「豆。」

「余ったからな、炒り豆作ってやった。小腹が空いたらつまめ。」


 三橋はそう言った彼と巾着とを順繰りに見る。けれど彼は菜箸で鍋の中をかき回すのに忙しく、三橋を見ることはない。
 待ってみたがやはり手元が忙しいようなので、手元の巾着を見ることにした。
 じゃらじゃらと音をたて、彼が作ってくれた炒り豆が混ざる。ためしに一粒食べると、豆は乾いた音をたてて芳ばしい味を口の中に広げた。


「おいしい。」

「ここ寒ィから部屋戻ってろ。」

「うん。あべく、ありがとう。」

「……三橋、」

「ふえ。」

「……これ煮えたら持ってくから、それ全部食うなよ。」


 下駄を脱ぎながら二粒めを噛み砕いたら、そう言われた。
 全部食べてはいけないらしい。言われなければ食べるところだった。

 ふと思いついて、三橋は一度抜いた下駄をもう一度履いた。
 そうしてまた彼の隣に立つと、怪訝な顔の彼に向かって炒り豆を一粒差し出した。
 彼は驚いた顔をしたが、手を止めて腰を屈める。あ、と開けられた口に豆を放り込んで、三橋はまた走って行った。


「部屋、いるね。」

「おう。」


 ぱたぱたぱた、と素足のたてる音が遠くなるのを聞きながら、彼は口の中の豆を噛み砕いた。
 少し前に炒ったのでもう熱くはない。芳ばしさも失われてしまっていたが、砕いた豆の残骸が、何故か少し甘く感じられた。


―― Maybe diligent.


一年365題 より
2/3「食べ物を粗末にしちゃ駄目」

久々の阿部と三橋、久々のマヨヒガです。わーい!
お話はなんだか急ぎ気味でしたが、リハビリだと思うことにします。


 
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