365 | ナノ

Category:花井と田島
2014 2nd Jan.

○ 年の始めのためしとて

【高校生と高校生】



 はない、と呼ばれたので顔を上げた。
 世界は一辺倒に白く、粉の雪がゆっくりゆっくり空から落ちる。柔らかな新雪が広がるそこで、声の主はしあわせそうに大判焼きを食べていた。


「おまえ、」

「うん。花井、雪だ!」


 りすのように膨らんだ頬を見て、ちょっとずつ食べたらいいだろうと言おうと思ったのだが、ぜんぜん違うことを言われた。
 まあ確かに雪だ。降っているのも足元も、すべてが雪でできている。
 でも、そんなの嬉しいだろうか。もう高校生ともなれば、雪を見ても小学生の頃のようにははしゃげない。
 むしろ寒いし、交通は麻痺するし転ぶしで、デメリットしかない。なのに彼は嬉しそうににこにこして、雪だーとか叫びながらくるくる回っている。

 運動神経が良いとは思っていたがどうだ、フィギュアスケートの選手のように、回るまわる。しかも大判焼きを頬張りながらだ。
 片足を上げて美しく回転するのを見ながら、きっと彼が素晴らしいのは運動神経だけではないのだろうな、と思った。

 同じ部活の、自分にはとても眩しい才能の塊。いいな、羨ましいなと自分は目を細めてしまう。
 共に試合に挑む仲間でありながら、彼と競い合いたいと思っている。あまりに眩しくて時折それすら忘れてしまいそうになるが、彼を追い越してみたい。せめて彼と肩を並べて、あの大きな目がこちらを見てくれるようになりたい。
 それは、憧れと言っていい。そんなものを、同級生で、自分より小さな少年に抱いてしまっている。


「あー大判焼きがー!」


 なのに普段はまるで子どもだった。遠心力でくわえていた大判焼きが飛んでゆき、当たり前と言えば当たり前の事なのだが彼はとてもショックを受けたようだった。
 彼はまるで子どもだから、表情もくるくる変わる。だいぶ短い前髪からのぞく眉はハの字になって、くちは「あー」の形に開きっぱなしだ。

 そんな顔を見て、悪いが笑ってしまった。飛んでいってしまった大判焼きなんか気にしなくても、オレはできたてのそれがいっぱい詰まった袋を持っている。
 いくらでもわけてやるから、とカスタードの挟まった大判焼きを手渡すと、彼は不思議そうな顔をしてオレを見たあと、ニカッと笑った。

 周りは雪なのに、花が咲いたみたいなかわいい笑顔。
 ああそうだ。かわいいんだ。こういうへんなところも、眩しいところも、真剣な試合の時の横顔も、ぜんぶ。

 ぱんぱんに詰まったカスタードが、ぱくっと食べた彼の口の端を汚している。かわいいな、と思って、オレは口を寄せた。



 なんてのが初夢だなんて言えるか。



「あれ、どした花井?」

「なんでもない…」

「そう?」

「あ、花井、もしかしてなんかスゴイ初夢見たの?」


 どいつもこいつも思春期だから、すぐそういう話に持って行きやがる。といつもならそう思うところだが、今日はあながち間違ってもない。いやその。

 三が日はさすがの部活も休みなので、今日は来たい部員だけ近所のバッティングセンターでかっ飛ばしに来ている。まあだいたい全員が集まるわけだが、今のオレにはあまり会いたくない相手がいた。
 夢なんて覚えているほうじゃないのに、今日に限ってどうしてこんなにはっきり覚えているんだろう。
 さいわい、大家族だから年末年始は大変らしく、遅れて合流との事なので一応安心していたのだが。


「よー。なに、ナニ盛り上がってんの?」

「初夢の話してたんだけどさ。花井がスゴイの見たらしくて」

「マジか!どんな?!やっぱ英語教師?!」


 どうしてこう、こいつは良いタイミングで来やがるんだ。しつこいので白目を剥いたまま適当にはぐらかし、逆に問い返してやった。


「オレ?」

「そ。」

「オレのは…ちょっと内緒!」


 あれ。今、なんか。
 一瞬、彼が浮かべた表情を見たことがあるような気がしたが、わからないので気にしないことにした。

 何だかいつもと様子が違う初夢を見た、今年は一体どんな年になるのだろうか。


―― Wonder?


一年365題より
1/2「初夢」

大判焼きって、地区によって名前が違う…という話を聞いたことがあるようなないような。
ぽっぽ焼きに至ってはうちの県だけみたいな話を聞いたことが、あるようなないような…


 
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