Category:阿部と三橋
2013 2nd May.
☆ 春の夜道の交差点
【高校生ときつねの子】
からからと軽い音をたてる自転車を引いて、阿部は家までの暗い道を一人ゆく。
ついさっきまでは野球部の面々と家路を辿っていたが、こちらの方面は阿部だけだ。
阿部が一人になると同時に街灯の数も減る。
背が高すぎるのかそれとも光量が少なすぎるのか、足元を照らす事もできない街灯が等間隔にぽつりぽつりと灯る帰路だ。
阿部はそんな頼りない街灯から僅かにこぼれる明かりで何とか道の輪郭を見つけて帰るのがお決まりで、家に着くまでたいてい誰とも会わない。
こんな暗い道に、更にこんな遅い時間にに誰も用はないだろう。阿部だってそう思う。
けれど今夜はそうでなかった。
あべくんと誰かが言う声がして、そのあと小さな明かりを灯す自転車の前に子どもが立っていたのだった。
「あべく、いた。」
「………。」
「オレ。いなくなる、から、びっくりした。うちかえろ、」
「………。」
「…あべく?」
素足に草履履きの小さなそれがぱたぱたと音たてて、立ち止まった阿部のそばへやってくる。
そして家に帰ろうと阿部の服を引っ張った彼はようやく、阿部が一言も喋らずおかしなものを見る目をして自分を見ている事に気がついた。
しかしその事には気付いても、彼の探す「阿部」がこちらの訝しげな阿部とは違うという事にまでは気がつかなかった。
彼はどうして何も言わないのだと不安げにハの字の眉を更に下げる。
そのおどおどとした顔を見て、今までこの子どもは誰かに似ているなあと思っていた阿部がようやく口を開いた。
「三橋?」
「え。な、なに?」
誰かに似ていると思ったら三橋だ。
薄茶のはねっ毛に困ったようなハの字眉、そのくせ目じりの吊った目は阿部の相棒である三橋にそっくりだ。
けれど阿部の知る三橋は同じ高校生であって子どもではないし、着物は着ていないし、草履は履かないし、動物の三角耳は生えていないし、尻尾もない。
つまり今阿部の目の前にいる小さな三橋は、けものの耳と尻尾が生えていた。
ふたりの間に無言が流れる。そして部活で疲れて既に眠い阿部より先に、小さな三橋が声を上げた。
彼は阿部違いに気付いたらしく、はっとして逃げようとする。しかしそれを阻止したのは、先ほど立ち寄ったコンビニで買ったスナック菓子の袋だった。
これを翳し食うかと言うと、逃げようとした草履履きの足が阿部のほうを向く。すっかり菓子に気がいっている彼にこれを与え、阿部は小さな三橋の保護に成功してしまった。
一年365題より
5/2「混合」
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