Category:浜田と泉
2013 18th Apr.
★まほろば咲く
【社会人と大学生】
黒で染め抜いた空の上へ藍の色をすこうし刷いた、夜が上から降りてくる。
月はそこにいるにはいるが、今夜はあんまり上を翔ぶので地べたへ座る自分たちのもとへはそのひとかけも落ちてこない。
そんな暗い夜の底にも、落ちてくるものがあった。
ひらひらと、無風のためにほんのときたま枝枝よりこぼれるもの。懐中電灯を逆さに立てて、安っぽくライトアップするのは満開に咲いた桜の枝だ。
強すぎるライトのせいで白く見えるそれを前に、かん、とアルミの缶がふたつくっつく。それに続くお疲れ様の言葉の後に、発泡酒と酎ハイは一口と二口ずつ中身を減らした。
今夜は二人だけの観桜会。
スーパーで買った酒とつまみとを持って近所の学校へ忍び込み、一〇五円で買ったレジャーシートの上でブランケットにくるまりながらの小さな小さな花見だが、これ以上のものがあるかなと更に缶を傾けた。
「珍しく迎えに来てくれるから、何かと思えば。日曜にまたすんのに?」
「だって。」
しあわせそうに缶へ口をつける浜田に寄り添い、泉は缶を弄びながらじっと桜を見上げた。
確かに、これが今年初の桜の花見ではあるが、実は今週末に田島や三橋を誘って花見をする予定があるのだ。それもこんなスーパーで買った出来合いではなく、ちゃんと弁当やお菓子や飲み物を用意して。
だのに、先ほど浜田がいつものように仕事を終わらせ部屋へ向かっていると、向こうから泉がやって来た。
どうかしたのか訊ねると今から夜の観桜会をするぞとそれきりで、仕方なしに酒とつまみを買い今に至る。
日頃の節約生活が尾を引きこんな時でも発泡酒を飲んでしまう浜田は、それでも少し浮かれてピッチが早いものの、泉がなかなか言葉を続けない事には気が付いた。
浜田がアルコールでぼやけてきた頭を泉のそれへこつんとぶつけて笑う。
非常に良い気持ちではあるが目は酔っていないのを泉は見ると、やっと三口めを唇に持ってゆきながら残りの言葉を続けた。
「今日が満開だから。」
「一番きれいな桜の花、二人で見たかったって事ね。」
桜の木は黒く、夜に融けて桜の花の房しかそこには無いようだった。
広く枝を伸ばした桜の木は枝枝に花をつけ、これ見よがしに咲き誇る。
時折風が吹くと、小さな淡い色の花を房にして纏った枝がざらざらと揺れ、霞のようにさんざめくのだ。
確かに今から満開では、後は少なくなるばかりだ。それに日曜は他に連れがついて、二人きりなのは今日だけなのだ。
照れているのだろうすこうしうつ向き、まだ中身の入った缶を手持ちぶさたにしている泉へ、浜田の方から寄りかかる。すると泉が頭を預けてくれて、良い気分だなあと浜田はその後やや深酒をしてしまった。
目の前には見事な枝振りの桜の木。手には好きな酒に、左の肩には恋人の熱。
これだけ揃ってしあわせな夢を見ないわけはない。ほろ酔いでもう一度桜を仰ぎ、今宵の彼らは揃って桃源の夢を見た。
― Here is Maholloba.
一年365題より
4/18「最高潮」
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