365 | ナノ

Category:浜田と泉
2013 1st Apr.

★○その目と耳と口を塞げ

【高校生と高校生】



 春になり穏やかになりつつあった気温も、四月に入ると少し暑さを感じるくらいになる。
 雲ひとつなく晴れた日のグラウンドにいるならそれは尚更だ。今日も今日とて仲間と共に部活に励む泉はそのへんに座り込み、右手に持ったコップを傾けて水分補給をしていた。

 いくら暖かくなりかけのこの時期とはいえ、運動すると冬場よりもずっと汗をかきやすくなっている。
 久々にこのうすら甘いスポーツドリンクが美味く感じるなあなどと思っていたら、上のほうから泉とその名を呼ばれ、半透明の液体から視線を上げる。


「田島?」

「泉、オレ…できちゃった。」


 どうしよう、といつになく真剣な顔で宣ったのは、同じクラスの田島だった。
 泉の顔とすぐ近く、距離を摘め声を抑えて訴える両目は真っ直ぐに泉を見つめてくる。
 それを真正面から受け止めた泉は、一瞬うろんな顔をしたものの、すぐに表情を厳しくして口を開いた。


「いつだ?」

「二ヶ月来ねーからおかしいと思って調べたから…たぶん冬。」

「ゴムぐれーしてやれよ。」

「だってヤダって言える感じじゃなかったんだもんよ…。」


 最低だな、と再びコップの中に目を落として泉が吐き捨てると、一瞬背後を見た田島は間髪入れずに相手を庇う。


「…そんなふうに言うなよ、あいつはっ…」

「花井か。」

「………」

「言ってきてやる。おまえとその腹の子、責任とれんのかって、」

「ちょちょちょちょちょ、いずみわかったってごめんてばー!」


 田島が一瞬向けた視線を追い、泉はその先の人物を見とめるなり立ち上がる。
 心底怒っている、という様子で乱暴にカップを置いた泉の脚に、田島が絡みついた。
 ごめんてばー、と笑う顔は今までの悲痛なそれと違い、いつもの明朗な彼の顔。
 結構な勢いで突然立ち上がった泉に部員の目が向くが、本人はそんなもの意にも解さず田島をねめつけた。


「だって今日エイプリルフールじゃんかー。」

「オメーのみてーな一発でバレるやつは、ウソじゃなくて冗談っつーんだよ!」

「あそっか。」


 田島はわざわざ立てたゲンコで手のひらを叩いてみせ、それが敗因かーとつまらなそうに空を仰いだ。
 まさかオレの他にもそんなバカなネタやったんじゃないだろうなと問うと、花井にも同じのやった、と本人はけろりとしている。
 かわいそうな花井。彼のした反応はというと、即座に口を塞がれたらしい。まあ花井は泉ほどの切り返しもできないだろうから、正しい判断だろう。


「くっだらねーなー。」

「そういう泉はウソつかねーの、浜田に。」

「あー?つく必要ねーし。…それに、ついても多分すぐバレるよ。」


 もう半分になってしまったコップの中身を見ながら泉は答える。隣に腰を下ろした田島を視界の端に、コップよりも下の地面に落ちた水滴のあとをじっと見つめながら話題に上った彼の事を考えてみた。

 浜田に嘘をついた事などない。その必要がないからだ。
 嘘というのは疚しい事か、隠したい事があるからつくものだ。来る日も来る日も部活でいっぱいにしている泉には、それらを生む因子と縁が遠い。

 しかしそれを言うのなら、彼は逆だ。一応野球部の手伝いやバイトがあるものの、それらは泉と違い休みが取れる。
 彼が休みの日、何をしているのかグラウンドにいる泉は知らない。また泉の場合は忙しさの他に嘘が得意でないという理由もあるが、彼はきっと違うだろう。
 嘘をつかれたとして、それを見破る事は多分できない。うまく丸められてなだめられて、そうして優しくされて忘れてしまう。

 そこまで考えて、何も言われないよりはむしろそのほうが良いのじゃないだろうか、と思ってしまった。

 言いたくなくて嘘をつくくらいなら、言いたくない事は言わない。
 それは優しいのかもしれない。大切だから騙すという事をしたくないのかもしれない。
 けれどそんなのは自己満足だ。ベクトルは他へ向かう事なく彼自身へ回帰している。

 そうそこにオレはいない。
 断ち切られる言葉のあとに残るのは、うっすらとした透明の壁。
 まだ向こうへ踏み込む事は許されないのかと、俯いて唇を噛んだのはもう何度目か。

 自らの立てたその壁が、拒絶という名である事を彼は知らない。


「…たまについてみようかな、ウソ。」

「お、今日やる?オレの没ネタで、敢えて今日『好き☆』って言って不安を煽るってのがあんだけど。」

「いいかも。普段オレそういうの言わねぇし。」


 冷たい拒絶の壁よりは、甘たるい嘘を飲まされたい。
 それもしてくれないのなら、くだらない嘘でもついてみようか。そう思って田島から嘘の素をもらい受けると案外盛り上がってしまい、泉は地面に置いたコップの事などすっかり忘れていた。

 春の陽気が入り込んで冷たさをなくした半透明の甘い水は、熱を持っただけで到底飲めないものになっていた。 


―― Please melt me with your pretty lie.
   Never with no word.

一年365題より
4/1「嘘をついたことがない人」



 
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