Category:花井と田島
2013 27th Feb.
○君は理想の人だから
【高校生と高校生】
しいんと静まり返る図書館で二人、テーブルの上に教科書を広げてテスト勉強をしていた。
聞こえるのは時計の針の進む音、ページをめくる音、ペンの先が紙の上を滑る音、それと控えめながら、朗々とした花井の声だ。
自分に勉強を教えてくれている、その耳触りの良い声を田島は伏し目に聞いている。
低く聞きやすく、耳に心地好い。そのまま中へ融かし込まれてしまわないかななどと空想していると、声はふつんと途絶えてしまった。
「た・じ・ま。」
「んぁ。」
「…オメー、聞いてなかったろ。」
教科書を辿るふりして何も映していなかった田島の瞳は、花井の声に視線を上へと動かす。
彼はそういう意味で田島を呼んだわけではないのだが、強い光を持つ田島のそれは彼をまっすぐに映した。
「…っなんだよ。」
花井は、きれいな顔をしている。
パーツのひとつひとつが男にしては割と丁寧に出来ていると思う。ぱっちりしているのに涼やかなその目はめがねをかけるとすごく知的で、勉強を教わっている時にレンズ越しに視線が合うのが好きだ。
めがねを掛ける鼻もすっと通っているし、少し色の白い肌は田島のようにそばかすもなく、きれいなものだ。
輪郭も子供っぽい田島のそれとは違いすっきりしていて、唇はあまり厚さは無いが、かえってそのほうが格好が好い気がする。
同い年の筈なのに、彼と自分は随分違う。
田島はもう一度伏し目をして、何も言わないのを心配する彼に、気がついたら手を貸してと言っていた。
「え、なんで。」
訝む彼に無言のまま手のひらを向ける。理由を聞くのを諦めたのか重ねるように出された手を見て、田島は伏し目の睫毛がつくる陰をいっそう黒くするのだった。
彼のそれと自分の手では、大きさがまるで違った。
指はすらりとして長く、もう大人のそれだ。対する自分の手はまるきり子供のそれで、彼のような筋張りもなければもみじのような手をしていた。
「…いいなあ。」
彼のようになりたかった。
背が高くて、格好良くて、人を引っ張れるような。
彼のような脚ならば、今よりもっと早く走れるのだろうか。
彼のような腕ならば、振り抜く事ももっと易くホームランを打つ事が出来るのだ。
彼のようになりたかった。彼は自分の欲しいものを、みんな兼ねて備えていた。
「………、」
「いや、変なこと言った。ごめん忘れて」
そう言って自分から目を反らした田島の目が、いつになく暗いのを花井は見ていた。
彼が思っている事を花井は知っている。そしてそれは自分が持っているものである事も知っていた。
確かに、それが手に入ったら彼のやりたい事や欲しいものはきっとその手にすべて落ちてくるのだろう。
田島はそれほどの力を持っている。願えばなんだってその才覚で得られるのに、彼が一番欲しいものは才覚では得られない。
そして彼の欲するものを持つ自分は、彼のように煌めく才覚が欲しかった。
けれど互いにその望みを口にした事はない。
どれだけ切望しても、それだけは言ってはならないのだ。
「教科書、どこだったっけ、」
「オレは、」
どこか浮わついたままページをめくる田島の指を花井の言葉が止めた。
何を言いたいのかわからないまま口にした言葉を一瞬悔いたが、けれどそれに再び顔を上げた田島の顔を見て言葉を続ける。
「や、えっと。多分、」
「え?」
「欲しいものがあるから、オレたちは頑張るんだろ。」
初めからそれを持っていたら、きっと自分が持っている事すらわからないままだ。
目を落として見る自分の手も花井からすれば何の努力もなしに親からもらっただけのものだが、それが欲しい彼にはそんなもの、理由にすらならない。
強くそうありたいと願う。それでなくてはいけないものを、理想という。
「……。」
「…や、多分。」
なんとか紡いでみた言葉だが、恥ずかしい事を言ってしまったような気がしてうろたえる。
せめてこういう時に決められるくらいにはなりたい、とちぢこまる花井に、田島は明るく笑ってくれた。
「そーだな!がんばらねーとな!」
そう田島は言ってくれたが花井の耳は相変わらず赤いまま。
でもそんな君だから、良かったのだと思う。
君が僕の理想の人で、本当に良かった。
―― So i respect you!
一年365題より
2/27「理想を追い求めて」
良いふうな話をへたくそにまとめるとつまらなくなるよい例。
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