365 | ナノ

Category:阿部と三橋
2013 25th Feb.

☆それとも只の拒絶のそれか

【研究者とウィルス完全適合者】
※ちょっとえっちいです



 ここはどこも防音の筈だ。けれどその耳には、というよりはラバーの靴底が冷たい床を蹴る振動が肌に触れて、彼は玄関へ向けて歩き出す。
 彼の素足は音をたてない。そしてドアの向こうの人物が施錠を外し、ノブを回し、部屋に入り再び内から鍵を掛けようとした背中にそっと触れた。


「っ、」

「おかえりあべくん。」 


 背を押されてドアへ押し付けられた格好の阿部は、身を捩ってそうした人物のほうを向こうとする。
 その人物を確認する前に、阿部の耳に触れたのは吐息へ混ぜた自分の名だった。それで相手を確信する。
 そして耳へ溶けきるかまだ注がれるかのうちに、背のほうから出たふたつの腕が阿部を捕らえてしまう。


「待ってた。ね、あべくん、」

「おい、待」

「しよう。」


 耳に注がれる声は熱を帯び勝手に触れてくる指は熱に浮かされたようだった。
 彼の求める事がわからない阿部ではない。それでも、こんなところでなくともと止めようとするが、彼には全く届かないのだった。
 阿部の纏う白衣と対照的にひたすらの黒で身を包む彼の指は、易く易くとても容易く着ているものを解いてゆく。
 とうとう阿部も観念して、彼に向き直ると、右手でその顎を捉え瞳の色がよく見えるように上向かせた。
 世界にひといろの綺麗な金の瞳に自分の姿はなく、欲に浮かされた熱しか灯っていない。
 それに少し失望する阿部と、対照的に、彼は期待を露にして赤い舌を出してみせた。

 浅ましいな、と目を細めてやがて閉じると、震える舌を吸ってやった。


「ん。んー…」

「…おまえ、さ、」

「…、なに。なんかして欲しい?何でもしたげる、あべくんのスキなコト、言ってみなよ。」


 距離が無い為彼が何か喋る度に唇が触れる。
 阿部は眉をひそめた。そんな事を言いたいわけではないとわかっているくせに彼は話をすり替えた。
 僅かの抵抗も聞き入れられず最早何も言わなくなった阿部に、彼は赤く薄い唇で弧を描きそれで何度も小さく口づける。
 そうして勝手に昂った彼は阿部の其処此処に触れ、最後に自分のそれを擦り付けていた阿部のそれを指で撫でて舌なめずりしてみせた。


「ここ、してあげるね?」


 自分が我慢ならないだけのくせしてとねめつけても、彼は薄くにやつくだけだ。
 阿部の事など構わず自分だけ熱くなるそさまは、自慰以外の何でもない。阿部がどれだけ消極的でも睨んで見せても、最早まともでない彼には何も届かないのだった。

 欲の熱で蕩けたその目に据わるのは金色の瞳。黄金を融かしその一等綺麗な上澄みで円を描いたように美しく澄んだその金は、人間の持つ色ではない。
 これは化物だ。もとは人間だったというだけの、ひとがたをした化物だ。

 そうしてそれをしてしまったのは他ならぬ阿部だ。

 人間を容易く殺してしまうそれは、体のみならず中身も化物になってしまった。血を浴びると何かの渇きを思い出したかのように、こうして阿部を求めて餓えを満たそうとする。

 あの子は化物に、なってしまった。してしまった。
 そうしたのは自分だった。


 痛みを殺そうと目を閉じる阿部を、彼は見ていた。
 今や瞼を上げているのは自分だけ。だから彼は、その金の瞳に幾久しくの感情を湛えて懇願する。


「抱いて、阿部くん。」


 機械的に触れるその指にやがて彼も目を伏せた。
 彼が触れてくれるのは、化物になった自分への思いやりか同情か。それとも純然たる拒絶の為に、おまえなど何とも思わないと義務的にそうするだけなのか。
 けれど、想像するしかない答えなどどれでも構わなかった。

 ただ彼が、彼が触れてくれる間だけは、彼の事しか考えなくて良いから。
 だから化物は瞼を閉じて、暗闇で熱く息をする事に専念する。


―― Consideration or pity,
   or you really hate me,
    i want you to love me.

一年365題より
2/25「思いやりか同情か」

abmhです。三橋襲い受けです。悪しからず。


 
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